サドゥーの所にチャイが運ばれて来ると、彼は、子供のように喜んで智に、サンキュー、と礼を言った。智は、サドゥーのその様子を見ていると怒る気が失せてしまって、力の抜けた笑いを口元からこぼすだけだった。
「全く……」
サドゥーは、チャイの甘味を嘗めるようにゆっくりと味わうと、智に向かって唐突にこう尋ねた。
「お前はシバ神を知っているか?」
いきなりのその質問に、ちょっと驚きながら智はこう答えた。
「ああ、知っているよ」
するとサドゥーは満足気にゆっくりと頷いた。
「シバは至上の神だ。世界中で最も偉大な神はシバである。私はいかなる時も彼への祈りを怠らない。毎日祈りを捧げるのだ。シバは常に私を見ていらっしゃる。神の前で、人は謙虚にならねばならない。決して神を忘れ、奢り昂った態度をとってはならないのだ。神は全てを御覧になっているのだ。全てを知っておられる……。ところで、お前の宗教は何だ? お前はどんな神を信じているのだ?」
智は、インドを旅し始めてから何度この問いをインド人によって投げかけられたか分からない。初めの内は無宗教だと答えることにしていたが、するとたちまち相手の顔色が変わり、まるでこの世に生きている人間とは思えないというぐらいの勢いで、何故なんだ、どうしてなんだ、という問いが限りなく続くので今は仏教徒と答えることにしていた。インド人に現代の日本人の持っている宗教観やそれを作り出している社会状況を説明するのは、不可能であると智は既に諦めていたのだ。
智は、彼の口から出てきた、謙虚、という言葉に吹き出しそうになりながら、ブッディストだよ、と言った。すると彼はまた微笑みを返した。
「そうか、ブッディストか。ブッダもまた偉大なグルである。シバを体現した人でもあり、彼の教えは広大だ。私は、シバを崇めるのと同じぐらい、彼を敬っている。ブッダもヒンドゥー教の中では、重要な神の一人として位置付けられているのだ。ところで……、お前はこの肉体が誰の物か知っているか?」
そう言うと彼は智の腕を人差し指でとんとん、と突ついた。そんな問いに少し躊躇して智は小声で言った。
「いや、それは、俺の物だろう?」
すると彼は、意味ありげに智の目を覗き込みながらこう言った。
「そう思うだろう? それが間違いなのだ。お前のその肉体はお前の物ではない、神の物なのだ。この世の中にお前が存在するにあたって神から借りている物なのだよ。決してお前の物ではないのだ。精神がこの世界に存在するために神から借りている乗り物、それがお前の肉体なのだよ。だからお前は決してその肉体を粗末にしてはならない。大切に大切に扱わなければならないのだ。肉体を健康に保ち、それを最後に神にお返しする。それこそが神に対するお前の義務であり、そして敬意を払うということでもある。お前の肉体はお前の物ではない、神の物なのだ」