ある種、悟りを開いたような気分で直規と心路を見下したような所が胸の内にあった智は、恥ずかしくて二人の顔を直視することができなかった。きっと心路も、直規ほど論理的ではないにしろ、感覚的に分かっているのだろう。智はそんな気がした。そして改めて自分の未熟さを恥じた。穴があったら入りたいとはこのことだった。
「いや、いいんだよ、直規、もう謝らないでくれ。心路も、俺、何だか恥ずかしいよ。俺の方こそ謝らせてくれ」
下を向いたまま智はそう言った。
「もう二人とも仲直りでいいじゃん? ほら、智も、その腰巻きつけとかないとまた忘れるぜ」
心路が、二人のじれったいやり取りを見兼ねてそう言った。
智は、照れ笑いをしながら貴重品入れを腰に巻いた。すると直規が、何も言わず横から手を差し出した。智が少し戸惑ってそれを見ていると、直規はニコッと微笑んで、がっちりと智の右手を握りしめた。直規の手の温かさと力強さが、智の手にしっかりと伝わってきた。二人のその様子を眺めながら心路は満足そうに微笑んだ。
翌朝、智は、バックパックを背負った直規と心路を見送った。突然出発することにしたのだそうだ。朝、部屋の扉を誰かがノックするので出てみると、二人が、別れの挨拶を言いにきた所だった。何でもゴアで出会った女と昨晩再会し、彼女が今日ジャイプルへ行くと言うので二人も一緒について行くことにしたのだそうだ。智は、昨日の今日でちょっと驚いたが、直規に、ごめん、かなり可愛い子なんだよな、と耳打ちされて引き止めようがなかった。智、どうせ、デリー行くだろ?、デリーでまた会おうぜ、と、強引に約束を交わさせられた後、バスステーションまで見送ることになったのだ。
朝日の中、バックパックを背負った二人の旅人が、小さなマイクロバスに乗り込んでいく。荷物をバスの天井に乗せる、乗せないで直規が車掌と揉めているのを、智は微笑ましく見ていた。心路は既にバスの中に乗り込んでいる。その隣には日本人の女が座っていた。ショートカットの金髪を所々グリーンに染め抜いて、蛍光色のラインの入った派手な服を来た、いかにもゴア帰りというような感じの女だった。ただ、顔立ちはとてもきれいで、例え濃いアイラインを引いて分厚くアイシャドウを塗っていたとしても、その整った顔立ちは少しも損なわれてはいない。彼女は、不吉さと清楚さの合わさったような、独特の雰囲気を醸し出していた。
しばらくすると、直規が、バスに乗り込んでいって彼女の隣に腰を下ろした。直規と心路は智の方に向かって手を振った。女は、こちらを見るともなく振り向いて、少し微笑んだ。そしてすぐに視線を逸らすと、町の景色を退屈そうに見回した。智はぼんやりとその様子を見守った。やがて車掌が人数を確認して運転席に乗り込むと、バスは白い排気ガスをもうもうと吐き出し始める。
「じゃあな、智、悪いけど俺らは楽しくやらせてもらうよ、デリーでまた会おうぜ」
直規がそう言った。智は、苦笑いしながら適当にそれをあしらった。バスが走り始める。直規と心路は再び智に手を振った。
「智、また会おうな」
智は、砂埃を立てて走りゆくバスを、見えなくなるまで眺め続けた。しばらくそうしていると、その姿は完全に見えなくなった。何だか突然周りが静かになったように智は感じた。