腰巻き

直規達に対して抱いていた不安は徐々に憎しみへと変わっていった。そして一旦相手を憎み始めたら、心のどこかが少し楽になったような気がした……。

だんだんと直規の部屋に近づいていく。気持ちとは裏腹に智の両足は、機械的に歩を刻み、二人のいる部屋へと近づいていく。池の果ての暗闇に灯りが点っている。開け放たれた窓から生活の光が洩れている。心臓の鼓動が高まる。喉がカラカラで、とても緊張しているのが分かる。智は、何度もためらって池の周りを行ったり来たりした挙げ句、とうとう扉の前に立った。そしてしばらくそうしていた。静かな夜、虫の鳴く声だけが響いている。扉にそっと耳を寄せると部屋の中からは、低く、二人の声が聞こえてくる。

深く息を吸ってから軽く二三回扉をノックした。中の会話が一瞬途切れる。しばらくして、はい、誰?、と扉の向こうから声がした。

「智だけど……」

智は言った。しばらく間があった。

「ああ、智、今開けるよ」

心路の声だった。心路は、そう言うと鍵を外して扉を開けた。

「よぉ、智、忘れもんだろ?」

扉を開けるなり心路は笑顔でそう言った。

「入れよ」

智は、心路の予想もしなかったその態度に驚いて、おどおどしながら誘われるがまま部屋の中に入った。直規は、ベッドに寝転がっていたが、智が入って来るのを見ると慌ててその上に座り直した。そして智の方を見て、少し気まずそうに沈黙した。しばらくしてから顔を上げて智に言った。

「悪かったな、智、今日は……。あの後心路に叱られてさ。ああいうのは良くないって。何が気に入らないのか知らないけどあんな言い方はないだろって。気に入らないことがあったらあったで、はっきり言えばいいじゃん、ってな。俺も実際そうだなと思ってさ、あの後凄ぇ嫌な気分になった。あんな言い方するつもりじゃなかったんだ、本当は。悪かったなって……。そしたら智、この貴重品入れ忘れてったろ? だから届けに行ったんだよ、俺、部屋までさ。でも智、部屋にいなかったからまた持って帰ってきたんだけど、ヤバいでしょ? これ、こんなの失くしたら」

直規は、智に向かって腰巻きをポンッと放り投げた。予想もしなかった直規の対応に智は少し戸惑っていた。そして、内心彼らを疑い、貴重品の盗難の可能性を考えていた自分を激しく恥じた。二人のことを邪推し、彼らを心の中で侮辱してしまったことを、とても後悔した。二人に対して発する言葉が見つからなかった。顔が灼けるように熱かった。

「ああ、ありがとう、俺、部屋にいたんだけど、多分眠ってて気が付かなかったんだと思う……」

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