――― これから直規の部屋に行って、また同じような目に合ったら自分はどうなってしまうだろう。どうにかなってしまわないだろうか。いっそのことこのまま消えてしまえたら、どんなに楽なことだろう。そんな恐ろしいことのために、わざわざ自分から出向いて行かねばならない。何てエネルギーのいることなんだろう。人生とはそんなことの連続のような気がする ―――
智の妄想は次第に深まっていった。ぐつぐつと焦げつかんばかりに煮詰まっていった。智は、一歩一歩、前へ前へと踏みしめていく足下を見ている。頭の中で考えていることとは無関係に、一歩一歩進んでいく。自分自身で進んでいる。まるで自分が二人いるようだった。肉体的で現実的な自分と、形の無い、内面的で精神的な自分。その両者が絶えず正反対の考えを持って、まるっきり逆の方向へ進んで行こうとする。そこから生ずる葛藤が智を苦しめた。
智は、町を抜け、直規達のゲストハウスへと続く野道にさしかかった。昨日と変わらない満月が辺りを照らしている。池の水面がさざ波だって輝いて見える。水辺の穏やかな感覚が空間に満ち満ちていた。昼間のことが思い出される。ギラギラした太陽の下で嘔吐している自分が客観的に映像化され、智の心を暗くした。
――― もしかしたら奴らは、貴重品入れのあるのを隠して知らない振りをするかも知れない。あんまり金が無いって言ってたからな。あいつら、日本でもかなりワルだったみたいだし、きっと盗難や恐喝まがいのこともやってたんだろう。直規は、ドラッグ捌いてたって言ってたし、ヤクザなんかとも付き合いがあったに違いない。そんな奴らがあんな大金目の前にしたら、放っとく訳が無い…… ―――
妄想は、恐怖心を克服するために憎しみを育んでいく。対象の本質とは無関係に、イメージはどんどん暴走してゆく。
――― ちくしょう、しまった、何だって俺はそんな奴らの所にそんな大事な物を置いてきてしまったんだ……。そもそも、あんな奴らと付き合ったのが間違いだったんだ。もともと俺とは合わなかったんだよ、そうだ、きっとそうだ、奴らとでは住んでる世界が違うんだ、だから直規なんて俺の言ってることが分からずに、急に怒り出したりするんだ。
あいつらきっと高卒ぐらいだろ? いや、学校もろくに出てないかもな。所詮そんな奴らとは分かり合えないんだよ、俺の言ってることなんてレベルが高すぎて理解できやしないんだよ…… ―――