だんだんと体が重くなる。肩や腰が、ずん、と下に落ちるように力が抜けていくのが分かる。直規は、どこを見るともなく、ぼんやりと宙を見つめている。薄目を開いて笑みを浮かべている。しかし、ああ、と快楽の溜め息を一息ついた途端、急に表情が曇りだし、智に、吐いてくる、と一言言い残してトイレに駆け込んだ。トイレから、苦しそうな呻き声と共に吐瀉物の水に落ちる断続的な音があからさまに聞こえてくる。智は、同情心と不快感の入り交じった複雑な気持ちでそれを聞いていた。
感覚の波は更に激しく智を襲う。次第に感覚のうねりが強まっていく中で、智は、精神的な錯綜を恐れていた。レールの外れたジェットコースターのようなドラッグのパラレルワールドには、常に不安と恐怖がつきまとう。そのまま地面に激突してしまうかもしれない。永久に帰って来られないかもしれない。ドラッグで死んだ旅行者や、おかしくなったまま日本に送り返された旅行者の話など、旅の中で智は嫌と言う程聞かされてきた。自分がそうならない保証などどこにもない。
断片的に、ゴアの風景が思い出される。椰子の葉や、砂浜や、さざ波の音、ギラギラと照りつける南国の太陽、日焼けして、色とりどりの衣装を身にまとい踊る人々。トランスミュージックの単調で原始的なリズムが智を記憶の中へと誘っていく。智は誘われるがまま、手を引かれるように記憶の世界へと入り込んでいった。暗闇の冷たさを背後にひりひりと感じつつ、思い出の情景の中を智は舞っていた。
「ぐおっ、ああ、吐いた、思いっきり吐いたよ……」
突然直規が、咳払いをしながら戻ってきた。そして智を見るなり、智、キマッてるなあ、凄ぇ良さそう、と言った。
「ああ、ゴアのこと、思い出してた。このCD聴いてたら色んな光景が蘇って来て……」
直規は無言で智に微笑みかけた。智は、自分でも気付かない間に、完全に横になっていた。直規のバックパックを勝手に壁に立てかけ、それに頭を乗せてごろりと寝転んでいる。
その体勢を少し崩して直規の方に体を向けた。直規は、そのままベッドに身を投げ出すようにして倒れ込んだ。と、その時、突然入り口の扉が開いて薄暗い部屋にサッと光が差し込んだ。驚いて二人は扉の方に目をやった。心路だった。
「何だよ、心路かよ、ビビらせんなよ」
直規は、再びぐったりとベッドに倒れ込んだ。心路は、買い物袋を床に置きながら二人の様子をまじまじと眺めた。
「何だよ、二人ともキマッてんの?」
「ああ、パキパキだよ、パッキパキ」
直規が、外からの光に眩しそうに手を翳しながらそう言った。
「何? ブラウン?」
智が微笑みながら頷いた。