部屋に帰ると、智は、ベッドに腰掛けて紙包みを広げた。そこには確かに茶色い粉が包みこまれていた。先程の直規と心路の様子を思い出す。反吐を吐きながらも恍惚とした表情で快感に溺れている二人。一体彼らは、空ろな目で何を見ていたんだろう。どんな世界をふらつきながら歩いていたのか。ちょっと想像がつかなかった。
ゾクゾクするような感覚を智は全身に感じていた。とても恐ろしいのだが、それ以上に惹きつけられている自分が恐かった。それが目の前にある。彼らのいたその世界へと続く階段は、智の前に施錠されずに解放されている。一人っきりで自由にできる。制約の無い自由というのは恐怖に似ている。抑制を失った欲求は、自分をどんな世界に引きずり込むとも知れない。糸の切れた凧のように無限の大空へと解き放たれていくような恐ろしさ、果てしなく広がる底の見えない海の中に沈んでいくような怖さ、そんなのと似ている。
智は、ハッと我に返って紙包みを丁寧に包み直すと、天井の板をずらしてそこへ隠した。そしてベッドに横になって、今日直規と心路に再会してから今までのことをゆっくりと思い返した。
直規達の部屋でマリファナを吸ったこと、クリシュナ・ゲストハウスのシバやタンクトップのこと、初めて見るドラッグ、ブラウンシュガー、そしてそれに酔った人達、まだうっすらとマリファナの作用の残った頭で取り留めも無くそんなことを思い返した。しかし、それら全体の実像はまるではっきりとしなかった。それらの現象に何らかの必然性や意味を求めようとするのだが、その途端智の手からすり抜けて、曖昧で混沌とした闇の世界へと紛れ込んでしまう。映像はぼやけ、記憶は曖昧になっていく。イメージはどんどん混乱していく。運命は、様々な現象を雑然と智の前に繰り広げ、何ごとも語りかけない。智は、繋げることのできないパズルのパーツのようなそれらの現象の一つ一つを、何とか繋げようと必死に努力していた……。