「智、金持ってないか? 心路のせいで六百足んないんだよ。持ってたら貸してくれよ、きっと明日返すからさ、明日銀行に行けばすぐ返せるんだ」
「ごめん、直規、俺も三百ルピーぐらいしか持ってないんだ……」
智は、そう言いながら、自分の方へ向けられた直規の目に全身の毛が逆立つような思いがした。それは明らかにいつもの直規の目ではなかった。黒々と見開かれた瞳には、何かに取り憑かれたような輝きがあった。それはブラウンシュガーの作用によるものなのか、またはそれへの執着によるものなのかははっきりと分からなかったが、その瞳は、直規の欲求の烈しさを十全と物語っていた。
「そうか……、なら、仕方ないよな……」
直規は、独り言のように少し震えながらそう呟くと、シバに向かって言った。
「シバ、何とか二グラムで二千百で駄目か? 金が足りないんだよ」
それを聞いたシバは、顔をしかめながらこう言った。
「今さら何を言うんだ? 三グラム二千四百で話はついたじゃないか。それが限度だよ。もしどうしてもというのなら、最初の値段のグラムあたり千五百ということになる。それ以外は無理だね。それで駄目ならしょうがない、この話は無かったことにしよう。買い手はまだ他にもいるからな。君達だけじゃないんだ」
「ちょっと待ってくれよ、シバ、頼むよ、何とか安くしてくれ、俺達、今、金が無いんだよ……。あっ、そうだ! 分かった、明日金持ってくるからさ、それでどうだ? 明日になれば金ができるんだ」
直規は、シバに頼み込むようにそう言った。
「いいや、駄目だ。第一、君達が戻って来る保証などどこにも無い。それにこんなものをいつまでも手元に置いておくのはリスクが大きすぎるからね。今君達が買わないんだったら私は他に持って行く」
その言葉を聞いた直規は、泣き出さんばかりの媚びた表情でシバを見上げた。シバは静かに光る切れ長の目で直規のその様子を見下ろした。その視線の中には、どこか蔑んだ、嘲りの感情が込められているようだった。
ずっと彼らのやり取りを横から眺めていた智は、ピリピリとした緊張感を味わっていた。直規と心路の二人は、一体どんな感覚に溺れているのだろう。直規が、シバにああも強く頼み込む程のブラウンシュガーというドラッグは、一体どんなものなんだろう? 智の胸の中でそんな思いが止まらなくなっていた。だんだんと、コントロールできなくなり始めていた。恐ろしいような……。惹きつけられるような……。
その時、電光のようにあるアイディアが智の脳裏に閃いた。智は、それを、ぽつりと呟くようにシバに言った。
「ドルキャッシュでもいいんだろ?」