もう何年も前のことになるんだけれど、カンボジアという国へアンコールワットという石のお寺を見に行った。
千年も前に建てられた仏教寺院。
ジャングルの中に、まるで時間なんて何も関係ないみたいに、永遠に存在し続ける。
朝も。昼も。夜も。
松ぼっくりみたいな三本の塔の上を太陽は昇っては沈み、沈んでは昇る。
月も。
星とともに、その灰色の建築を銀の光で照らしだす。
寺は、重たい森林の空気を膝もとにたたえ、さんさんと月光を浴び続ける。
カンボジアという国は、政治が腐っているから、金で買えないものなんて何もなく、嘘か本当か分からないような残酷な噂が、いくつもいくつも囁かれるようなそんな国だから、警察だってお金をあげれば簡単に動かせる。
もともとバックパック背負って旅行してるやつらなんて不逞の徒ばかりなんだから、そういった恩恵にはことさらめざとく、早速その晩ポリスにお金を握らせて、夜のアンコールワットに忍び込んだ。
みんなで50ドルぐらい集めたらポリスの奴もう上機嫌で、持ってたAKライフルなんかも簡単に貸してくれて、仲間のひとりがふざけて銃口をこっちへ向けてくるのでさすがにそれには肝を冷やして、やめろ、って怒ってやったよ。
昼間あんなにいた、観光客なんてひとりもいない夜のアンコールワットはぼく達だけのものだった。
ひっそりと冷たい夜のとばりに包まれて、静かに月光と星の光を浴びている。そんな風にしていると、月や星の光は粒子によって構成されている、と、思わずにはいられない。一定のリズムで、何かを浴びているような感じがするからだ。静かで穏やかな気持ちになっていく………
その晩はちょうど満月で、アンコールワットの屋根のてっぺんにまんまるでざらざらの月が白く輝いていた。
湿った夜風が吹く度に、木々がざわめく。
ぼくらの心も同じようにざわめいた。
昔、夜の学校に忍び込んだときのことを思い出したりして。
楽しかったな。
仲間と秘密を共有したときの、わくわくするような連帯感。
宿に帰って、みんな酔っぱらって、さっきの光景を思い返した。
夜のアンコールワットを。満月の光に照らし出されたアンコールワットを。
最高の肴だよね、ほんと、贅沢な。
ああ、またあんな光景を前に一杯やってみたいもんだな。
目を閉じれば思い出す。
満月と、アンコールワットと。
木々のざわめきと、あのときの仲間たち。
今となっては、遠い思い出。
そんなこともあったよなあ………
………なんて。
変に年寄りくさくなったもんだ。
やだやだ。