雪のアウシュビッツは、雪に覆われ白く輝いていた。
ぴん、と、張りつめた静寂に包まれて、美しく輝いていた。
何万人も殺されたところだ。
人間が、人間を殺すために、ガス室に閉じ込めて、毒ガスを撒き散らす。
人々は、苦しみながら、死んでいく。
祝福されて生まれてきたはずのけなげな魂が、どろどろの靴で踏みにじられる。
一体誰にそんな権利があったろう?
その人達を愛した別の人達は、一体どんな心持ちでその現実を受け止めたろう。
憎しみが憎しみを呼んで、体内に充満し、自家中毒している。
おれは、人を信じることができない。おれは、何でこんなにも人を憎むのだろう。
なんでこの世には憎しみという感情が存在するのだろう。
おれは、人間が信じられない。人間が憎い。
ナチスはその対象を強制収容所に押し込んで、全員抹殺しようとした。
何もかも剥ぎ取って。まる裸にして。動物みたいに。衣服も。プライドも。何もかも。
おんなじ人間を、おんなじ人間が、そんなにもひどく扱う。
どうしてそんなことが可能なのか。
もし神様が,人間をつくったというのなら、どうして人間をそんな風に残酷に創造したのだろう。
憎しみや怒りという感情を、人間に与えたのだろう。
おれは、無慈悲な神を憎む。
人間は、決して美しくはない。
人生とは,美しいものではない。
もっと、いびつで、暗いものだ。
決して幸福なものではあり得ない。
もし,素晴らしいというのなら、人生は美しく、輝きに満ちあふれているというのなら、いったい、そういった不幸せなできごとを、どう説明するというのだ。
人が人を殺す地獄のような有り様を、なんで美しいといえるのか。
ナチスはユダヤ民族の撲滅を図り、一千万人近く虐殺したという。地球上から消し去ろうとしたらしい。
どこの悪魔がそんな恐ろしい発想を思いつくだろう?
そしてさらに、人間はそういった過去から何にも学び取ろうとしないで、色んな口実を見つけだしては人を殺し続ける。
よっぽど人殺しがたのしいんだろうな。
そんな性質を持っている人間の、一体どこが美しいというんだ、おい、だれか、教えてくれよ。
ささいな金に媚びへつらい、色んなものをないがしろにして、人を傷つける。
そんな残酷な人間の、どこが素晴らしいというのだ。
人生が素晴らしい、人間って素晴らしい、おい、そんなの全部嘘じゃないか、まやかしじゃないか 、何でだれも大きな声で言えないんだ?
雪で覆われた、冬のアウシュビッツは、過去の惨劇が嘘のように、静寂に包まれ、美しく輝いていた。血塗られた過去は、何もなかったかのようにまっ白く覆い隠されている。
血まみれの歴史の上を、さらに血で塗り固めていく。
どうして人殺しに理由をつけるんだ?
戦争が正しいというのなら、その辺で起きている、個々の殺人事件すべてが正しい。
正義とは、人の数だけ存在する。
おれの正義と,あなたの正義とは絶対に相容れない。
何だか疲れてしまった。
おれは美しいものだけを見ていたい。
汚れて、汚いものは、みんな雪に覆われて、まっ白になればいい。
無人の冬のアウシュビッツは何ごとも語らずただ、しん、と雪の中で静寂に包まれていた。美しく輝いていた。