ジャンピングバス1

アフリカは魅力的だ。
しかし同時につらい。
アフリカに行ったことのある人は誰もが言う。
何がつらいのか。
食事か、移動か、あるいは現地の人との交渉か、マラリアか。
まあ、そのどれもあてはまるだろう。

エジプトのカイロから、ルクソール、アスワンと南下し、私はスーダンに入った。
アフリカの魅力はその後の国々でたっぷりと味わうことになるであろうが、とりあえずはそのつらい部分をさっそく体験しなければならなくなった。

エジプトのアスワンハイダムから国際線のフェリーに乗って、スーダンの玄関口であるワディハルファという街に行く。
国際線のフェリーといってもいたって小さい。
神戸から上海まで出ている鑑真号などとは比べ物にならない程小さい。
日本でいえば、海沿いの観光地などにある、定員60名くらいの高速艇くらいの大きさだ。
しかしこちらは、もちろん高速ではなく低速である。
ベッドなんてものはなく、全てシートである。
それもリクライニングなどもなく、一応固いクッションのついたベンチである。

エジプトのイミグレを通過し、船内に入ったのはその日の午後1時くらいだった。
すでに席は埋まっていた。
埋まっているといっても、全ての席に人が座っているわけではない。
乗客の荷物が大きく、そして多すぎて、そのためにスペースが埋まっているのだ。
でかいスーツケースは許せるとして、ずた袋、10キロはあるだろう洗剤の袋、大きなミルクの管、バケツ、そしてダンボールの山である。
それをシートの下、網棚はもちろん、通路にずらりと並んでいる。
荷物の山と乱雑さは、市場がそのまま引越してきたようだ。
その持ち主はといえば、荷物のそばのシートを一人で3、4人分占領して横になっている。
あるいは、わざと荷物をシートにおいて、席を確保している。
この船がスーダンに着くまでに一晩はかかる。
夜になって足を延ばして眠れるように、場所を確保しているのである。
それにしても、一体何時から乗船しているのだろうか。

通路にも荷物があふれていて、天井まで重なった卵の箱。
そして冷蔵庫には恐れ入った。
いったいどうやって運ぶのだろうか。
どれもスーダン人がエジプトで買い物してきたものなのだろう。
エジプトのほうが物価も安く、なにより物が多い。
といってもエジプト人もスーダン人も外見上の違いはなく、見分けはつかないが。

席は指定ではない。
早いもの勝ちだ。
彼らのずうずうしさ、いやたくましさに感心している場合ではなく、私もここはずうずうしく自分の寝床とまではいかなくとも、せめて座れる席くらいは確保せねばならない。
一人で3、4人分のシートを占領している人に片っ端から声をかける。
『ここ座っていいですか?』
英語が通じてないかもしれないが、バックパックを背負って、席を指させば意味は絶対に通じる。
『ノー、ノー』
それが3、4人は続いた。
『そりゃないだろ、あんたらいったい何人分のシートを取れば気が済むんだ。
俺だって同じ料金払ってんだよ』
思わず、日本語で愚痴ってしまう。

しばらく途方にくれていたが、私を見て、心配してくれたスーダン人の男性が、他の客と話をつけてくれて、なんとか座ることができた。
あとはそこを死守するだけだ。
しかし、客は後から後からやってくる。
さすがに全員体を伸ばすスペースを確保できるわけもなく、人口密度は上がる一方だった。
後から入ってきた客は、私と同じように誰彼構わず声をかけて、シートと、荷物を置くスペースを確保していく。
そのために言い争いも何回かあった。
そして、通路はほとんどダンボールなどの荷物で埋め尽くされ、シートは人で埋まり、結局体を伸ばして寝るスペースを確保できた人はいなくなった。
だったら初めからそんなことしなければいいのに。

船は私が乗船してから6時間後の午後7時にやっと動き出した。

動き出してすぐに支給された食券で夕食を食べた。
一応食堂があるのだ。
といっても豆とパンだけで、とても足りなかったが、エジプトポンドを使いきってしまっていたので売店で何も買うことができない。

夕食後、9時になるとなぜか人がはけて、全ての人が体を伸ばして寝始めている。
不思議に思ったが、半分ほどの人が食堂に行き、そこで寝ているのだ。
あとは、通路の荷物の隙間などに器用に寝ている。
救命ボートの下にまで人が寝ていた。
おかげで私も体を伸ばしてぐっすり眠ることができた。
シートはベンチみたいに固いが、体を伸ばせるのは何よりありがたい。
そして翌日の午後3時に、ワディハルファに到着した。
しかし本当につらかったのはここからだ。

鉄郎の軌跡
鉄郎 初めての海外旅行は22歳の時。大学を休学し半年間アジアをまわった。その時以来、バックパックを背負う旅の虜になる。2002年5月から、1年かけてアフリカの喜望峰を目指す。

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