くわをかついだ男に出会った。パキスタンの山奥でのことだ。
風の谷、と呼ばれる風光明媚な山道で、透き通った青空をバックに光り輝く日光をさんさんと浴びながら、その男はくわをかついで歩いていった。
おそらく、4、50代だと思われるその男は、20代前半のぼくを置き去りにしてスタスタと歩いていってしまう。
恥ずかしながらこのぼくは、ぜぇぜぇ言ってまるっきり追いつくことができなかったんだ。
荒ぶる呼吸の中で汗を垂らしながら、その男の姿にある種の感銘を覚えた。
近代的な装備に身を固めているぼく。
かたや、簡単な普段着にサンダル姿のその男。
速くて追いつけない。
男は口笛でも吹かんばかりの身軽さで、見る見るうちに離れていってしまう………
ぼくは思った。
文明がなんぼのもんじゃ、と。
文明人のこのオレは、発達したテクノロジーに囲まれ、守られ、こんなにも脆弱だ。
だって、ただのおっさんだぜ?
見てみろよ、あのさっそうとした出で立ちを。
朝日を浴び、空や木々や花々や、あらゆる自然の色彩の奇跡と一体となって歩くあの姿を。
それに比べてどうだ、このオレは。
ぜぇぜぇ言って。
自然から拒絶されている。
風景はオレを、自身に同化させない。
弱々しいこのオレを。
彼は自然に愛されている。
大地に祝福されている。
まるで山々や木々の歓喜の歌声が聞こえてくるかのようだ───
野生の美しさの消えた都会で、野性的な美しさに思いを馳せる。
コンクリートの建物に囲まれながら、あのおっさんを思い出していた。
単純で力強く、絶対的なもの。
おっさんはくわをかついで柔らかに微笑む。
その姿に強烈に惹かれている自分を、自分自身の中に見い出した。
太陽の明るさを、青空の美しさを、当たり前のことが当たり前に美しいということを、すっかりと忘れかけているぼくだった。