煙草

ぼくは以前まで煙草を吸っていた。今は吸わないけど。
ネパールにいた頃は吸っていた。けっこうすぱすぱ吸っていた。

カトマンズで乗り合いバスに乗っていて、煙草を吸っていて、ぼくは紳士的なマナーを心得た人間なので、プラスチックのフィルムケースを携帯灰皿としていつも持ち歩いていて、そのときもそれを使ってその中に吸い殻を捨てていた。

するとそれを見ていたネパール人の少年が、

   ”おいお前、一体何してるんだ? 
      そんなものをそんなところにため込んで
             一体どういうつもりなんだ?”

とちょっとバカにしたような感じで笑いながら言ってきた。
やつらには公共道徳という観念はまるで根付いていないので、ぼくの紳士的な行いの意味が分からないのだ。
だからぼくは説明してやった。

 ”君たちの街を汚したくないから、わざわざこんなものを持ち  歩いているのだよ。ほら、煙草を吸った後ここにこうして吸い殻を入れているのだよ”

と分かりやすくいちから説明してやった。
するとやつは鳩が豆鉄砲くらったような表情できょとんとぼくの方をしばらく見つめた後、何か深く感銘を受けた様子で、オーケイ、ブラザー、お前の言いたいことはよく分かった、といわんばかりに首肯し、乗り合いバスの運転手に声をかけた。
そして、ネパール語でドライバーと何やら二言三言会話を交わすと、ぼくに向かって笑顔で手を差し伸べた。

そして、
 ”じゃあな、マイフレンド、良い旅を”
と言いおいて去っていった。

ぼくは彼のその様子を見ながら、ああ、ありがとう、と言って手を振った。彼の態度の変化を訝りながら。

そして目的地についてお金を払おうとしたらドライバーは、お金はもうもらってるよ、とぼくの申し出を断った。
やつが払ってくれていたのだ。

ぼくはやつのその行動をかっこいいと思った。
やつはぼくの紳士的な行いに敬意を表したのだ。さり気なく。
あいつめ。粋なことをしやがる。少年のくせに。

それはプライドのなせる技だと思う。
自分の住む街に対するプライド。
自分の生まれた国に対するプライド。
そしてそれを愛した人に対する敬いの気持ち。
プライドがなければそんなことできない。
誇りを持ってなきゃそんなことできない。

果たして、日本にそんなことできる人が何人いるだろう?
子供なんて言うに及ばず、いい年こいた大人でさえも。
あんまりいないと思う。
自分の生まれた街を、自分の育った国を、愛し、誇りに思ってる人なんて一体何人いるのだろう?
そして、そんな誇りを持てる国だろうか?
日本という国は。
それを持つに値する国だろうか?
今の日本の現状は。

ぼくは自分の国を良くしたい。
自分の住む街を素晴らしいものにしたい。
世界に冠たる誇らしい場所にしたい。
ネパールの少年のさり気ないその行動は、ぼくに深い感銘を与えた。
そしてぼくも、やつみたいに自然にそういう行動のできるかっこいい人間でありたい、と、そう思った。

さとうりゅうたの軌跡
さとうりゅうた 最初は欧米諸国を旅するが、友人の話がきっかけでアジアに興味を抱く。大学卒業後、働いて資金をつくり、97年4月ユーラシア横断の旅に出る。ユーラシアの西端にたどり着くまでに2年を費やす。

「煙草」への2件のフィードバック

  1. 煙草に関するサイトを探していて、偶然たどりつきました。とても素敵なお話だと思いました。自分の生まれた場所を愛する心、今の日本人に思い出して欲しいものです。

  2. はじめまして。素敵な話でした。
    私はイスラム圏を旅することが多いんですが、
    やっぱりそういう話は多いですね。
    日本だと愛国心は国旗、国歌という、
    どこか地に足がついていないものになってしまって
    どうもうそ臭いな、という感じなのですが、
    そういう、自分の国に敬意を払ってくれた人に対する気遣いというもの、
    そういうものに国を愛する、ということが
    現れるんじゃないかな・・という気がしました。
    素敵な話をありがとう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください