貝の形をした古い銀の硬貨 「ポッドゥアン」
タイにはポッドゥアン(スペル: pod duang, タイ語: พดด้วง)と呼ばれる古い銀の硬貨があります。
これは、古代、貨幣として使われたタカラガイを模しています。
ぱっと見では貝の形に見えないかもしれませんが、2本の脚のような部分を貝の割れ目に見立て、短辺側の側面を見ると合点がいくことでしょう。
ポッドゥアンは13世紀に栄えたスコータイ王朝より19世紀半ばまで硬貨として使用され続けました。
ポッドゥアンのトップには王朝や国王の刻印などが打たれました。
アユタヤ王朝(14~18世紀)では、王朝のシンボルである8つの花びらを囲む輪―法輪(ダルマチャクラ)が打刻されました。
法輪は仏教で重要な意味を持っており、アユタヤ王朝が仏教の守護者であることを表しています。
釈迦の説いた教え(法:ダルマ)があまねく行き渡ることをスポークが中心から放射状に伸びる車輪になぞらえ、法輪と呼びます。
仏像が作られる以前の時代、法輪は釈迦自身のシンボルとして礼拝され、現在も仏教共通のシンボルです。
日本ではこの1つの円を8つの円が取り囲む文様は九曜文と呼ばれ、厄除けや家紋として用いられています。
カレン族は貝形銀貨も花の刻印もポッドゥアンと呼ぶ
カレン族の古い時代の装飾品にはこのポッドゥアンを幾重にもつなげたものが見られます。
珍しい硬貨や財産となる硬貨を装飾品とするのは世界各地でよく行われています。
カレン族銀細工の村で聞き取りしたところ、カレン族はこの貝形銀貨も小円が集合した刻印もポッドゥアン(パドゥアと聞こえる)と呼びます。
2001年、カレン族の通訳を伴って初めてカレン族銀細工の村を訪れました。
カレン族の銀細工師に、小円が集合した刻印について尋ねると「これは花の刻印だ」と教えてくれました。
「どんな種類の花ですか」「何色の花ですか」とさらに尋ねると「パドゥアはパドゥアで、実際の花ではない」と答えました。
腑に落ちなかったものの、次に奇妙な形をしたシルバービーズ(ポッドゥアン)を指さし「これは何の形を表したものですか」と尋ねました。
カレン族の銀細工師は「これはパドゥアだ」と答えました。
「花がパドゥアで形もパドゥア??」頭にいくつも疑問符が浮かび、質問を変えてみるも答えは同じでした。
第三者の通訳をはさんでカレン語⇔英語のやりとりをすることに限界を感じ、それ以上追求するのを止めました。
カレン族はタイ北部に居住しているのでタイ北部方言を話します。
タイ語ができればカレン族と意思疎通ができるようになるかもしれない、とタイ語を学習し始めるきっかけとなりました。
それから数年後、タイ、バンコクの古銭商で馴染みのあるあの奇妙な形をしたシルバービーズを見かけました。
店主にタイ語で「これは何ですか」と尋ねると「ポッドゥアンだ」と返ってきました。
続けてタイの古い銀貨であることを教えてくれました。
その店で購入したのが冒頭の写真のポッドゥアンです。
似たような発音から「ポッドゥアン=パドゥアではないか?」と疑問が浮かび上がりました。
カレン族銀細工の村を再訪した時、銀細工師にタイ語で改めて尋ね、「ポッドゥアン=パドゥア」であることを確認できました。
カレンシルバーは今では多種多様な形、刻印がありますが、私がカレンシルバーに出会った2000年頃は貝形のポッドゥアンと花の刻印ポッドゥアンが多くを占めていました。
ポッドゥアンは供物や婚時に使われたと銀細工職人が教えてくれました。
カレン族銀細工の村は皆敬虔な仏教徒です。
自然と共存する彼らの作るものには、身近な動植物や生活道具を象ったものが多くあります。
これらのことから、カレンシルバーは古くはポッドゥアンを模するところから始まり、カレン族の生活に根ざした独創性が加わって、世界に愛される「カレンシルバー」として花開いたのでしょう。