智は、勢い良く煙を吐き出した。そして新鮮で冷たい山の空気を再び胸いっぱいに吸い込み目を閉じた。光の残像が、目蓋の裏側に絡み合うようにいくつも残される。智は、それに翻弄されながらフラフラと岳志の所へジョイントを渡しに行った。
「大丈夫かよ、智?」
智のその様子を見ながら岳志が心配そうに声をかけた。
「ええ、大丈夫です……。けど、ヤバいですね、これはちょっと。キマり過ぎていることは確かです」
岩の上の岳志にジョイントを渡しながら智はそう言った。するとその時、智は、突然激しい便意を催した。じっと立ち止まったまま自分の今の状況を把握しようとしたが、すぐにこれは耐えられるものではないという判断を下し、どこか適当な岩影を探し始めた。
「岳志さん、俺、ちょっとヤバそうです。あの……、ティッシュ持ってませんか?」
ジョイントを吸っていた岳志は驚いて智の方に目を向けた。
「ティッシュって、何がヤバいの? 何、トイレ?」
苦しそうな表情を浮かべながら智は無言で頷いた。
「ちょっと、もう、漏れそうなんです……」
「え! ちょっと待ってよ、少し我慢して」
そう言うと岳志は慌ててバッグの中を探り始めた。そしてポケットティッシュを取り出すと、急いで智に手渡した。智は、それを受け取ってあらかじめ目星をつけておいた岩影に、早足で駆け寄った。
何とか事無きを得た智は、岳志に礼を言ってティッシュを返そうとしたのだが、岳志は、そんなのいらないから取っときなよ、と言って受け取ろうとしなかった。智はありがたくそれを貰っておいた。インドではポケットティッシュはなかなか手に入りにくいものなのだ。智は、アジアを旅行し始めてからというもの、用足し後は水で洗うのがすっかり習慣となっていたため紙を使ったのは随分久しぶりのことだった。それにポケットティッシュなんてものはもうずっと目にしておらず、その背の部分に挟まっている日本語で書かれたローンの案内文句でさえ妙に懐かしく感じられた程だった。
「こんなの久しぶりに見ましたよ。岳志さん、よくポケットティッシュなんて持っていましたね」
「ああ。俺、インド来るときはいつもたくさん持ってくるんだよ。だって日本みたいに道端でティッシュ配ってる人なんていないだろ? こっちにはティッシュって言ったらトイレットペーパーぐらいのもんだし、あったら便利じゃん?」
「そうですね。ありがたいです」
「そんなので良かったら、幾らでもあげるよ。それより大丈夫なの、お腹?」
「ええ。何とか。最近あんまり体の調子が良くなくて……。キノコ食べたからかも知れませんけど……」
「そうかも知れないな。確かにお腹の辺りが重くなるような感じはするし。多分キノコ食べたからだろ」
そう言うと岳志は、短くなったジョイントをアナンに手渡して岩の上から飛び下りた。
「じゃあ、そろそろ戻ろうか。あんまりゆっくりしてると日が暮れちゃうから」
アナンは、渡されたジョイントを一口吸うとそれを智に手渡した。智は、それを一息に吸い切ってしまうと地面に落して揉み消した。