「ヤァ、サトシ。どうよ、キマッた? ハハハハハァ」
智の頬を軽く叩きながら一希は智の横に座り込んだ。そして智の肩に手を回すと、顔を覗き込んだ。切れそうに冷たい視線が智を見つめている。すると突然、一希は、智の唇に唇を押し付けた。智は驚いて声も出ない。必死に振りほどこうとするが、体を離すことができない。一希の舌が智の口の中を激しく掻き回す。何故か脳裏に岳志の笑った顔が浮かんできた。
「ああ、何してんだよ、一希! 止めろよ、智は駄目だって」
ようやく一希の行動に気が付いた心路が、慌てて一希の体を智から引き離した。一希は、心路に肩を持たれて唇を拭いながら智から離れて行く。智を見るその鋭い視線は、わずかに微笑んでいた。
「大丈夫か、智?」
智は、放心したまま何度も頷いた。
「ごめんな、智。こいつゴアにいる時から、ずっとこうなんだよ。キマッてくると誰彼構わず、見境いなくキスしだすんだ。こいつなりの愛情表現らしいんだが、俺もふいを突かれて二三回餌食になっちまった。ほら、一希、謝れよ、智に」
「ハハハハハハハァ、なかなかいい味だったぜ、サトシ」
一希は、大声で笑いながら智にウィンクをした。
マニカランからマナリーに戻った智は、すぐさまオールド・マナリーへと向かった。オールド・マナリーの一本道を歩いていると、すぐに、ベーカリーのテラスでチャイを飲んでいた心路と再会した。そのとき心路と一緒にいたのが一希だったのだ。心路と一希は、ゴアにいる頃からの知り合いで、最近ここで再会したのだそうだ。
智は、一希を見たとき反射的にジャイサルメールでのことを思い出し、マズイ、と思ったが、今さら知らない振りをすることもできず、そのまま心路の部屋で再会を祝してヘロインをやることになったのだった。
始めは厳しかった智に対する一希の態度も、どうやらそれが一希なりの他人との接し方だったようで、特に智に対して敵対心を抱いていた訳ではないらしい。いきなりキスをされたのには驚いたが、心路が言うには、それが一希なりの愛情表現なのだそうだ。智は、明らかに敵対心を剥き出しにしたジャイサルメールでの一希の態度を思い出し、それが今、自分に対して親愛の情を抱くまでに変化しているのだとしたら、それはひょっとすると一希の心が、理見に振られた者同士、どこかで自分と連帯意識のようなものを抱き始めているからなのかも知れない、と、心の中で勝手に推理した。そしてその推測は、あながち的を外れている訳でもないようで、一希は、理見を口汚く罵っては、いちいち智に対して同意を求めた。智は、愛想笑いを浮かべながらそれに応じてはいたものの、お前は、理見と散々セックスをしたのだからそれだけでも十分ではないか、という思いが心の中でどうしても拭い切れないでいた。