「ぼくの場合は、ちょっと違うと思います。むしろ、不自由になりに来たと言うか……」
それを聞いて谷部は大きな声を上げて笑った。それは腹の底から響いて来るような大声だったので、周りにいた欧米人達が何人か谷部の方を振り返った。
「まあ、ともかく、もっと楽しく行こうぜ。あんまり頭でっかちになり過ぎるのも良くないよ。たまには何にも考えずに素直に楽しむってのも大切なんだぜ」
「でも……」
智が何か言おうとするのを、谷部が遮った。
「今日ぐらいはいいだろ? 何にも考えずに、がっつりキマッて眠っちまえよ」
そう言うと谷部はいつの間に巻いたのか、大きなジョイントを智に手渡した。
「はあ……」
智はジョイントに火をつけた。一服大きく吸い込むと、脳味噌に直接煙が充満していくようで、痺れるような感覚が頭のてっぺんから徐々に降りていく。全身が、脱力する。夜風が心地良く、熱せられた体から温度をさらっていく。
――― 自由、自由、自由 ―――
智には、その言葉の意味する所が良く分からなかった。
――― 自由、自由、自由、自由、犬に、喰われる程、自由、ああ、自由、自由……、分からない、俺には、分からない、自由という感覚が理解できない……。一体、何が「自由」だというのだ? 一人で気ままに外国を旅していれば、それが自由だっていうのか? いや、違う、それは違うぞ、だったら俺はもっと自由でなくちゃならないはずだ、さっきも言われたように、俺は、自分の決めた色んな決まり事に束縛され続けている、ちっとも自由なんかではない、それは分かってる、他人から見たら一見、何も考えずに自由に旅を楽しんでいるように見えるのだろうが、決してそんなことはないのだ、決してそうではない、俺は決して旅を楽しんでなんかいない ―――
「ほら、サトシ、また何考えてんだよ、建にジョイント回せよ」
谷部のその言葉に智は我に返った。
「ああ、すいません」
建は、慌てる智からジョイントを受け取ると、深々と煙を吸い込んだ。そして少しの間息を止めると、星空に向かって煙を吐きかけた。建は、そのまま放心したように、しばらくの間体を動かさなかった。
「自由、か……」
建はぽつりとそう呟いた。そして何か考えごとでもしているかのように沈黙した。数分間そうしたのち、建は、おもむろに口を開いた。
「俺なあ、小さい頃、犬に噛み殺されそうになったことがあるんだよ」
「えっ? 何ですって?」
智は、建の言ったことをはっきり聞きとってはいたのだが、その内容に驚いてしまい、思わずそう聞き返さずにはいられなかった。