黙って智は首を左右に振った。心路は、もう一度煙草の煙を吸い込んだ。
「俺と直規君は幼馴染みでさ。子供の頃は一緒のアパートに住んでたんだよ。二人とも家が貧乏で片親だったから、家に一人でいることが多くって、いっつも一緒に遊んでたんだ。二人ともやんちゃだったから小さい頃から二人で悪さばっかりしてたんだけど、大きくなってもそのままで、毎日毎日、喧嘩に明け暮れるような日々を過ごしてた。全然関係ない奴に、些細なことで難癖付けて二人で喧嘩を売るんだ。本当、質が悪かったよ、俺達。中でも直規君は特に手に負えなくって、奴は、興奮し始めると止まらなくなるタイプだから、相手がどうなっていようと全く気にせず攻撃し続けるんだ。だから、いっつも俺が必死になって止めに入ってたんだよ。俺がいなかったら、軽く二三人は人殺してるよ、あいつ。でも止めれば止めたで、たまに勢い余って俺に殴り掛かって来るときがあるんだ。何回殴られたか分かりゃしない。でもそこで俺が殴り返したりなんかしたら、収拾がつかなくなるだろ? だから殴られても蹴られても、ずっと我慢し続けてきたのさ。それが今になってもあんな風にまだ続いてるんだ。いつの間にか俺は、直規君に逆らえないようになってて……。そんで、さっき智が話してた女の一件で、最近またイライラが激しくなってきて、この有り様さ。もう、さすがの俺も限界だよ、そろそろ……」
心路は、俯きながらゆっくりと煙草の煙を吐き出した。智は、何と言っていいのか分からなかったので、ずっと心路が煙草を吸う様子を眺め続けていた。
「もう、ドラッグやるペースも凄くてさ。ああやって、ヘロイン入れたと思ったら、エクスタシー摂ったり、アシッド摂ったり。訳分かんないよ。そんで、挙げ句の果てにさっきみたいな、あれだろ? ナイフを出されたのは、さすがに初めてだよ。俺も。もう、どっか壊れてきてるんじゃないのかな。あいつ。普通じゃないよ」
「何とかならないのかなあ……」
困惑した表情で智は心路に言った。
「何とかなるもんなら、何とかしてやりたいけどさ。奴の心の中は、そんなに単純なものでもないんだよ」
心路は、色々なことを思い出すようにして話し始めた。
「ああ見えても直規君、大学行ってたんだぜ」
智は、心路のその言葉に少なからず驚きを憶えた。心路の話や直規の今までの行動を振り返ってみても、直規は、とても真面目に勉強なんかするタイプには見えないからだ。
「えっ、そうなんだ」
心路は、驚く智の目をじっと見つめた。