今まで食った中で、一番うまかったもの

今まで食べてきたものの中で、
一番おいしかったものって何ですか?
それってすぐに浮かんできますか?
聞いといて悪いんだけどぼくは、特に浮かんで来ません。
でも色々思い出してみて思うのは、
パキスタンで食べたオクラ御飯。

オクラってぼくは、その語感もそうだし見た目もそれっぽいので
てっきり日本のものだと思っていた。
それが意外にも、実は向こうから伝わってきたものらしい。
原産はアフリカで、アラブを経由してこちらの方に来たそうだ。
オクラって名前も、もともと向こうの言葉だそうだ。

パキスタンに入ったとき初めて食べたものがオクラだった。
ぼくは何でこんなところにオクラがあるのか不思議に思ったし、
それを運んできた食堂の店員もそれのことを、
オクラ、と呼んでいたような気がしてちょっと驚いた。
でも、それ以来どんな食堂へ入ってもオクラ料理は必ずあるので
薄々、こっちの方のものなのかなあ、と思ってはいたんだけど。

で、そのオクラなんだけど、ぼくはまあ、
どっちかというと好きかな、というぐらいで、
それまで特においしいとは思っていなかった。
それが。
旅行中で食べたものの中で一番おいしかったものがこれなのだ。
ひょっとしたら、今まで生きてきて、一番かもしれない。

人間の感覚というのは不思議なもので、
同じものを常に同じように感じるとは限らない。
その場の環境や、気分、体調なんかにもかなり影響される。
例えば、物凄く好きな食べ物を、風邪を引いてるときに食べてみ
てもちっともおいしく感じられないみたいにね。
こちらの状態によっては、
全然違うものに変わってしまったりするのだ。

ぼくはそのオクラ御飯を、砂漠を走る長距離バスに乗っていると
き、深夜のバスストップで食べたのだ。
日中は気温が五十度以上にも上がり、男ばかりのバスの中は、
もう地獄のような状態である。
夜は夜で道が悪くてバスがゴンゴン跳ねるのでちっとも寝られや
しない。
寝られやしないんだけどバスストップではきっちり起こされる。
どやどやと男たちがバスを降りていくので、
ようやくうつらうつらし始めたというのに、
起きざるを得ないのだ。
仕方なくバスを降りていくとそこには、
さすがに砂漠のど真ん中だけあって、
ただゴザの敷いてある簡単な休憩所のあるだけだった。
裸電球がいくつも吊るされている、とても侘びしい風景だ。

小さな小屋みたいな建物が二三あって、
どうやら食事をとれるらしい。
見ていると乗客たちが何やら器を片手に、
ゴザの上に座り込み始める。
ぼくは昼間の猛暑で食欲もなく、
ほぼ丸一日何も食べていなかったのでとてもお腹がすいていた。
何を食べているのかよく分からないけど、とにかく腹が減ってい
たのでみんなと一緒にその小屋の前に並んだ。
そしてしばらく待って出されたものは、
ただの、オクラ御飯、だった。
ひとつの器に、オクラ。もう一方の器にはごはん。
ごはんと言っても、
日本で食べるようなふっくらとしたツヤツヤのものでは全然なく
もっとパサパサで味気のないもので、
カレーなどをかけて食べるのならまだしも、
それ単体で食べるのはちょっと酷なものである。
出てきたもののあまりの質素さにぼくは少なからず驚かされたが
何せ腹が減って腹が減ってしょうがないものだから、
たとえそれがただのオクラ御飯であろうとも、
とにかくうまそうに見えた。
そして再びみんなと一緒にゴザの上に座り込んでそれを食べ始め
る、と、それは、えも言われぬ程のおいしさであった。
ぼくはあっという間にそれらをぺろりと平らげた。

今思い出しても不思議に思う。
何であんなものがあんなにうまかったのであろう。
そしてあんなものが人生の中で一番うまかったものだ、
と公言しているぼく。何か嫌だなあ。
もっとこう、フォアグラだの、キャビアだの、言いたい。

そしてまた人間の感覚について考える。
果たして人間にとって一番おいしいものって何だろう?
それはもちろん、人それぞれだろうが、そのものの、
食べるものの値段だとか、手間だとかって、
それにどこまで係ってくるんだろう。
ぼくには分からない。
確かに値段の張るいいものを食べればそれなりにおいしいし、
びっくりするような味だったりする。
でも、後々あんまり覚えていなかったりもする。
パキスタンのオクラ御飯はとても印象的だった。
あの味はこれからも一生忘れることはないだろう。
あんなただのオクラとごはんが。

人間の感覚、って何なんだろうね。
そのときのぼくにとって対象の本質的な価値というものは、
まるっきり無意味になっていた。
だって仮に今それを食べたって、
決しておいしいとは思わないだろう。
それがぼくはすごく不思議だ。いったい、何が本当で、
何が嘘なんだろう。

たまに考える。
オクラ御飯を食べたあのときみたいな気持ちで何でも食べられた
ら、それはすごく幸せなことなんじゃないかと。
のみならず、そんな気持ちで何ごとにも取り組めたら、
毎日がとても楽しくなるんじゃないのかと。

でもなあ、ここクーラー効いてて涼しいしなあ、
食いもんなんて何だってあるしなあ、
とてもあんなオクラ御飯なんて食べる気おきないんだよなあ……

追伸: 
ちなみにこれまでで一番うまかった飲み物は、
部活やってた高校のときに飲んだ、練習の後の水道水です。

さとうりゅうたの軌跡
さとうりゅうた 最初は欧米諸国を旅するが、友人の話がきっかけでアジアに興味を抱く。大学卒業後、働いて資金をつくり、97年4月ユーラシア横断の旅に出る。ユーラシアの西端にたどり着くまでに2年を費やす。

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