日没
「ここがカンダハル・・・か」
太陽はすでに西に傾き、日没の時間が刻々と迫っている頃、国境で乗り換えた乗合ワゴンの窓から民家や人の姿がちらほら見えるようになりました。
ワゴンが停車し、屋根に積んであったバックパックを受け取ると町の中心らしき方向へ歩き出しました。
西に伸びた大通りの先は太陽が地平線へと近づつつきあり、砂埃のせいで光は拡散され、すべてがオレンジ色ににじんで見えました
道行く人は異国人である私に気を止める様子はまったくありません。
黒の長いターバンとグレーのシャルワールカミース※1。
彼らとまったく同じいでたちに疑う人はいませんでした。
変装の効果は想像以上でした。
自分の影が後ろにどんどん長くなっていくにつれて、早く今夜の宿を見つけねばと不安が増し始めました。
頼りになるのはパキスタン、ペシャワールで手に入れた1枚のコピー。
1年程前にアフガニスタンを通過した旅人が書き残した手書きの地図でした。
自分の現在位置もわからずただただ西へ歩き続け、時折立ち止まって地図に目をやり、宿らしきものはないかと見回していました。
急速に光を失いつつある街の様子は内戦の傷跡の陰影を強く映し出していました。
通りに面する商店や民家の2階部分はほぼ破壊され、柱や崩れかけた壁を剥き出しにしていました。
1階部分も恐らく同じように破壊されたはずですが、住んだり、店を営むために修復したのだと思われます。
1階のどこでも見られる日常的光景と2階の廃墟の対比がとても印象的でした。
地図
カンダハルには電気も水道も来ていないと聞いていました。
内戦でインフラは破壊されたようです。
カンダハルに向う途中で見た、町に向って連なる送電塔は線をズタズタに切断され、まるで屍のようでした。
刻一刻と迫る日没に街はゆっくりと影を増し、藍色に包まれ始めました。
人通りもわずかになり、焦る気持ちを抑えながら、空に残るわずかな光を頼りに手書きの地図を何度も広げ確かめました。
そしてようやく地図に宿の印がついている前まで辿りつきました。
外からは壁しか見えない建物はとても宿らしく見えません。
入り口はせまく、入り口に書かれたアラビア文字は当然読めるわけありません。
しばらく悩んだすえ、ためらいながらも建物の中に入ってみました。
中は大きな中庭があり、ターバンを巻いた髭面の男達が3?40人ほど座り込んだり寝そべったりしていました。
あたりを見渡し、受付らしき一画に座っていた男を見つけると、「ここは宿か?泊めてもらいたいんだが・・・。」と身振り手振りで、一生懸命伝えました。
意思が正確に伝わったのか伝わらないのかわからぬまま、男は「まあちょっと待て」と私を制すと外に出て行きました。
突然、アザーン※2が拡声器から街中に響き渡り、中庭の男たちはいっせいに同じ方向を向いて立ち上がり、祈りの言葉を唱えながら立ったりしゃがんだりを繰り返しました。
祈りの仕方を知らない私は、目立たないように隅で小さくなっていました。
祈りが終ると建物に明かりが灯り始めました。
先ほどまでは残骸のように見えた街灯にも黄色の光が点灯しています。
どうやらこの街では発電機で決められた時間だけ電気を流しているようでした。
建物の2階は茶屋になっており、茶を頼むと給仕していた男に先ほどと同じ質問を繰り返しました。
間違いなく宿のようです。ほっと胸をなで下ろしました。
しばらくひとりで茶を飲んでいると、男が強いなまりのある英語で話しかけてきました・・・。
※1 パキスタン、アフガニスタン男性の服装。
※2 祈りの時間を知らせるために謡われる祈りの言葉。拡声器、ラジオなどを通じて流される。