「やっぱ、行くんっすか?」
翌日の朝、荷造りをしている智に安岡が声をかけた。
「ああ。今日、国境を越える」
ベッドの上に散らばった衣類を片づけている智を、安岡は、少し寂しそうな表情で眺めていた。
「でも、本当、イミグレ―ションでは気をつけて下さいよ。自分、かなり入念にバックパックを探られましたんで」
「そうだね……。見つかったらバクシーシじゃ済まないだろうからね。ちゃんと隠しておかないと……」
「自分、心配っすよ。智さんが捕まりゃしないかって。大丈夫なんすか? 本当に」
安岡は、心配そうに智の顔を眺めている。智は、バックパックの中に順番に持ち物を詰め込みながら、安岡の話を聞いていた。
「大丈夫だって。上手くやってみせるよ。これまでだって、俺、ガンジャやチャラス持ちながらいくつも国境越えて来たんだから。きっとうまく行くよ。犬さえいなければ大丈夫」
安岡は、はあ、そんなもんなんっすか、と溜め息をつくようにぼそりとそう言った。智は、パッキングの終わったバックパックを改めて点検していると、思い出したように、あっ、と声を上げた。そして、昨晩使ったままテーブルの上に置いてあったチラムを手に取って安岡に言った。
「これさ、安岡君にあげるよ」
智は、安岡にチラムを手渡した。
「え!? マジっすか? これ、智さんの大切なものなんっすよね。確か、誰かから貰ったって……」
狼狽しながら安岡は智にそう言った。
「ああ。デリーで会った谷部さんって人が別れ際に俺にくれたんだ。でも、その人もそれを知り合いのフランス人から貰ってて、更にそのフランス人も他の誰かから貰ってるんだよ。そうやって代々受け継がれて来たものだから、これでいいのさ。安岡君も、またいつか誰かにそれを譲ればいいし。もちろん、ずっと持ってたっていいしね。それは自由だ。
俺は、何となく安岡君にあげたいなと思ったからそうする訳で。だからもし邪魔にならなかったら貰ってくれないかな?」
安岡は、まじまじと手の中のチラムを眺めている。
「もちろん、頂けるものなら是非とも頂きたいですけど……。本当にいいんっすか?」
智は、もちろん、と言って安岡に微笑みかけた。
「分かりました。大切にします。そしていつかまた、自分もこれを他の誰かに手渡したいと思います」
そう言うと、安岡は、智に向かって深々と頭を下げた。智は、微笑みながら、じゃあ、これも持ってきなよ、と言いながら、マナリーのクリームを半分にちぎってポンッと安岡の方へ放った。安岡は慌ててそれを受け止めた。
「そんな、こんなものまで……。これも凄くいいチャラスなんっすよね……」
「ああ、まあ、ね。そのチラムとチャラスを、見る人が見たら、きっとかなり驚くと思うよ」