エベレストのオン・ザ・ロック1

詩的な感性がぼくは好きだ。
頭の中で広がっていくイメージは、決して物質的な制約に縛られることなく自由な世界をつくり出す。
そういう世界にぼくは憧れるし、そういう世界をもっている人が好きだ。
ロマンチックな人。

ある、素敵な物語を聞かせてくれた人がいた。すっごく夢があって男らしい話。
とてもロマンチックで男らしい彼なんだけど、その実はちょっと違う。
いわゆるロマンチックな人ではない。
もっとずる賢くって抜け目なくしたたかなタイプ。
あんまり詳しく生い立ちを聞いたわけではないんだけど、何かそういう匂いがする。
おそらく今までたくさんの人を利用したり、傷つけたりしてきたんだろうなあ。
自分が生きていくためには、手段を選んでこなかったような非情さを持っていたことを感じさせる。

ぼくが彼にあったのはネパールの首都、カトマンズだった。
カトマンズというところは周辺の国々とくらべると、びっくりするくらい何でも揃っていて、旅行者にとってはとても便利で居心地もよく、そのため長居する人も多い。

彼もそんなうちの一人だったがちょっと特別で、ぼくと会ったときにはもう3ヶ月も滞在していた。
いくら居心地がいいといっても、同じ場所に3ヶ月もいられるものではないので、一体何をしてるんですか、と聞いてみると、カジノで2,000ドル程負けていてふんぎりがつかず、出るに出られないそうなのだ。
このカジノにもけっこうハマッてる人は多いんだけど、普通そんなに負けない。
そこまでやらない。

でも、そんなこんなでダラダラしているのにも一応まっとうな理由はあるらしく、彼はヒッチハイクで中国からチベットに入りヒマラヤを越え、ようやくここカトマンズに辿り着いたのだった。
そのルートはとても過酷で、普通、外国人は通ることのできないエリアも網羅しており、一歩間違うと警察に捕まるぐらいならまだよくて、最悪命を落としかねない。
しかも標高4000M、5000Mの富士山より高い高地をヒッチハイクして
トラックの荷台にのって移動する。

食べる物もろくなものがなく、チベットの代表的食べ物の、バター茶とツァンパぐらい。
これがまたとてもまずく、バター茶とはヤクとよばれる
チベット牛のミルクからつくる、お茶とは名ばかりの茶色い液体で、ツァンパはそのお茶で粉を溶かして練っただけの粘土みたいな食べ物。
そんなものを食べながら何日も何週間もかけて、過酷な道なき道を行くのだ。
カトマンズに着いたとき、きっとそこは天国に見えたことだろう。
それで彼は、3ヶ月もカトマンズの甘い誘惑に溺れてしまっているのだ。

成る程なあ、と思いつつ、彼がそんなハードな旅人だったとは
ちょっと意外だったので、そのときの話を色々聞いてみることにした。

さとうりゅうたの軌跡
さとうりゅうた 最初は欧米諸国を旅するが、友人の話がきっかけでアジアに興味を抱く。大学卒業後、働いて資金をつくり、97年4月ユーラシア横断の旅に出る。ユーラシアの西端にたどり着くまでに2年を費やす。

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