安岡は、少し照れくさそうに笑いながら、もう一度チャラスの煙を一口大きく吸い込んだ。そして目を閉じ、深呼吸するようにゆっくりと息を吐き出した。
「けど、それが良かったんすかね。それから自分の中で何かが変わったみたいで、もうそれまでのようにあいつのことで思い悩むこともそんなに無くなりました。それでしばらくそうやってサッカーやってる内に、サッカーの教員になろうと思いついたんすよ。サッカークラブで子供達にサッカーの楽しさを教えられたらな、なんて思い始めたんっす。何か、そうすることが死んでいった友達に対するはなむけになるような気がして……。それで本格的にやるために、ヨーロッパに選手の育て方を学びに行こうと思って出たのが今回の旅なんっすよ。それが何故かこんな所にいるんっすけどね。始めはスペインやイギリスやオランダなんかの有名なクラブチームの養成所を見学しながら回ってたんっすけど、その途中でアジアからヨーロッパまで渡って来た日本人の旅人に偶然出会って、旅に対して全く無知だった自分は、そんなことが可能なのかと思ってびっくりしてしまったんすよ。それで詳しく話を聞いてる内に、知らない間に自分も東へ向かう旅を始めてしまい、今に至ってます。だから、インドのこともまるっきり知らないままここまで来てしまったんすけど、このまま東へ向かって日本へ帰るのもいいかな、と思いまして。何だかいつの間にか旅の主旨がずれてしまってますけど、まあ、これもいい経験かなって思ってます。子供達に話して聞かせることもできますしね。自分、今、生きてて良かったって凄く思ってるんすよ。人生ってこんなに楽しいものなんだなって。あいつが死んだ直後、真剣に何度も自殺を考えました。毎日毎日、来る日も来る日も、死ぬことばかり考えてました。でも今、あのとき死ななくて本当に良かったなって思ってるんっす。それは、自分が本当にやりたいことというかやるべきことが、はっきりと分かったからだと思うんっすよ。俺にとって、それは、子供達にサッカーを教えることだったんっす。あいつとプレーしている時に感じていたあの素晴らしい感覚を、少しでも子供達に伝えることができたらなあって思うんっすよ。そうすれば、死んだあいつもきっと喜んでくれるんじゃないかって……」
そう話す安岡の瞳には涙が光っていた。智は、そのことには気が付かないふりをしながら、自分の目にも溢れつつある熱いものを安岡に気付かれないように懸命に隠した。
「すみません、一ノ瀬さん。チャラスがキマッているせいか、聞かれてもいないことをつい、べらべらと喋り過ぎてしまって……。でも、一ノ瀬さんの一希さんへの思いを聞いていたら、何だか話さずにはいられなかったんすよ。すみません、つまらない話をしてしまいまして……。あ、それと、このチャラスも、こんなに吸ってしまいました。すみません……」そう言いながら安岡は、もう殆どフィルターだけになっているジョイントを申し訳なさそうに智に手渡した。
「何言ってるんだよ、安岡君。謝ることないよ。俺、何となく分かったような気がする。
多分、一希のことはすぐには解決できないだろうけど、そのことをどう捉えれば良いかということは、安岡くんの話のおかげで良く分かった気がする」
智は、フィルターだけになったジョイントを安岡から受け取りながらそう言った。智がそう言うと、安岡は、そうすっか、それなら良かったっす、と言って照れながら頭を掻いた。