「ちょっ、シッ、シンジ、あれ……、見える? あいつが手に握っているもの……」
心路は、智の指差すその先を首を伸ばしながら眺めると、それに気が付いたらしく、あっ、と大きな声を上げた。
「あれ、ナイフじゃねえかよ! 一希は!? 大丈夫か!? カズキ!、カズキ!」
心路がそう叫ぶと同時に、一希は前のめりに倒れ込んだ。反復するトランスミュージックの規則的なサウンドが、その動きのひとこまひとこまをなぞるように包み込む。断続的に放たれる照明の眩い閃光が、一希の苦悶の表情を、ときおり闇の中に白く映し出す。一希は、そのまま土の上へ顔から崩れ落ちた。
周りの嬌声は明らかに悲鳴に変わった。会場のその騒ぎに気が付いて、DJはプレイを中断し、照明をつけた。一瞬にして闇から眩い光の中へと投げ込まれた群集は、そこに血まみれのナイフと、腹から血を流してうずくまる一希の姿を目の当たりにした。一人の女が、甲高い悲鳴を上げながら失神した。動揺した群集は、恐慌状態に陥って我れ先にその場から立ち去ろうと、右往左往していた。誰も倒れている二人には近寄ろうとしない。その中で、オーガナイザーに雇われてスピーカーなどの機材を山の中まで背負って運搬してきたインド人達だけが、数人で、一希を刺したイスラエル人の体を取り押さえた。一希に蹴りあげられ、顔中血まみれになっているイスラエル人は、狂ったように叫び声を上げながらそれに抵抗したが、屈強な肉体を持つ彼らにとっては無駄なあがきでしかなく、難無く押さえ付けられた。男は、狂人のように目を剥いて笑いながら、屈辱的な罵声を倒れている一希に向かって浴びせ続けた。
心路と智は、人混みを掻き分けてようやく一希の下へと走り寄った。心路が声をかけると、一希は、苦痛で皺くちゃになった顔を心路の方へ向けた。
「痛ぇ、痛ぇよお、助けて、助けてくれよ、俺、死んじまうよ!」
一希は、血まみれの自分の腹を両手で押さえながらそう言った。
「馬鹿、お前、喋るんじゃないよ! 誰か、おい、病院! 病院連れてってくれよ!」
心路は大声でそう叫んだが、誰もそれに応える者はいなかった。色とりどりの奇抜な色彩で着飾ったレイヴァー達は、ただ、たじろぎ、うろたえるだけで、誰も心路の手助けをしようとはしない。一希の息遣いがどんどん荒くなっていく。
「サトシ! 頼む! 誰か呼んできてくれ!」
心路は、隣にいる智にそう言った。一希の手を握りしめている心路の手は、血にまみれてどろどろになっている。智は、横目でそれを見ながら、分かった、何とかしてみる!、と言って走り始めた。しかし、そうは言ってみたものの、智は、こんな山の中で何をどうすれば良いのかまるで見当も付かず、とりあえずオーガナイザーからDJを始め、パーティーを取り仕切っている主要な人物に、かけられるだけ声をかけた。そして彼ら数人が話し合った結果、担架で下山してマナリーの病院まで一希を運ぶことになった。こんな山の中では、もうそれしか方法はなかった。