普通じゃなかった

一希の瞳が力なく微笑んだ。心路と智は、一言も言葉を発することができなかった。

「ある日さ、いつものようにみんなでボンしてる時に、俺がたまたまアシッド持ってったんだよ。それで、みんなで一枚ずつ喰おうってなった時に、当然、清志もやるって言い出して……。もちろん俺は快く清志にあげたよ。どんどんやれよ、ってさ。それから後はもうみんなパッキパキにキマッちゃって、訳分かんない内に夜が明けてた。それでみんなそろそろ帰ろうかってことになって、それぞれの部屋へ帰り始めたんだ。清志と部屋をシェアしてた俺は、二人で一緒に帰ることになった。その帰り道、ちょうど夜明け頃のガートを歩いてたら、その時まさに、太陽が昇ってくる所だったんだ。景色が真っ赤に変わっていって……。ガンガーは、宝石をちりばめたみたいにキラキラと輝いて……。アシッドがまだ少し残ってた俺は、うっとりしながらその風景を眺めてたんだけど、ふと清志の方を見ると、あいつ、泣いてるんだよ。俺は、突然のことに何だか慌てちまって、まるで照れ隠しするみたいに、何だよお前、何泣いてんだよ、って笑ってごまかそうとしたんだ。そしたら清志の奴、一希さん、俺、何だか分かったような気がします、って静かににそう言うんだ。何か、凄く落ち着いた感じでさ。俺は、何でだか良く分からないけど突然清志が怖くなって適当にそれをあしらうと、疲れたからもう帰ろうぜ、って言ったんだ。だけど清志の奴、あともう少しだけここにいさせて下さい、なんて言うもんだから、俺は、勝手にしろよって言い置いてさっさと一人で帰ることにしたんだよ。だってあの時の清志は、何だか普通じゃなかったんだ。人間のあんな表情を見るのは初めてだった。まるで何かまるっきり別のものを見ているというか……。奴は、本当に違う世界に行っちまってるみたいだった。俺も色んな奴とアシッド喰ってきたけど、あんな風になった奴は一人もいなかった。いや、それだけじゃなくって、あんな不思議な雰囲気の人間をそれまで俺は見たことがなかった。何か得体の知れない胸騒ぎを感じながら、ひたすら逃げるようにして早足で俺は清志から遠ざかったんだ。一刻も早くその場から立ち去りたくってさ。だけど胸騒ぎは収まるどころかますますひどくなっていく。清志のことが気になって気になって仕方ないんだ。もう頭の中がはち切れそうになって、気が付くと俺は、慌てて今来た道を引き返していた」

一希は、そこまで話すと再び煙草を吸った。唇が乾くらしく、しきりに唇を舐めている。心なしか息遣いが荒い。

「それで、走ってさっきの所まで戻ってみたら、ガートの端に、清志の服が丁寧に畳んで置いてあったんだ。俺は、びっくりして周りを見回すと、あいつ、泳いでやがんだよ、ガンガーを。素っ裸でさ」

一希は、せわしなく煙草の煙を何度も呑み込んでいる。その手は小刻みに震えているようだった。

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