一希は、テーブルの上に散らばったヘロインの粉を掻き集めて鼻から吸い込んでいる。その様子をぼんやりと智は眺めていた。心路は、欠伸をしながら智の顔を見つめている。
「どうしたの、智、その顔。ひょっとして、またやられた? あいつらに」
心路は、そう言いながら灰皿の上に乗せられたジョイントを手に取ると、ゆっくりとそれを口に運んだ。
「え? いや……、これは、違うんだ……。前にやられた時の傷が、まだ治ってなくって……」
心路にそう尋ねられた時、ヤスとゲンの顔が反射的に智の脳裏に浮かび、ごまかそうとして智はとっさに嘘をついた。ヤスが、もし直規と心路に告げ口をしたら、お前の家までおしかけてやるからな、と言っていたのを思い出す。
「ふうん、そうなんだ……。俺にはどうも新しい傷のように見えるんだけど……。まあ、いいか。智がそう言うんなら……。でも、もしまたあいつらに何かされてるんだったら、ちゃんと言うんだぜ。俺がまたきっちり仕返ししてやるからさ」
心路は、微笑みながらそう言った。
一希は、ヘロインを吸い込めるだけ吸い込むと、溜め息をつきながらテーブルから顔を上げた。そしてしばらくの間、効き目を確かめるように、じっと目を閉じた。
「智って確か、ジャイサルメールで俺と会ってるよね。よう、もう俺のこと知らないなんて言わせないぜ」
一希は、その真っ直ぐな、肩まで伸びた長い髪を掻き上げながらそう言った。智を見るその視線は、智に対する優越感の籠った、ある独特の輝きを放っていた。
「ああ、そう言えば、会ってるよね。確か、ジャイサルメールで……」
当時のことを思い出し、恐怖と恥ずかしさの入り交じった複雑な気持ちで智はそう答えた。
「ククク、お前、確か、理見のこと口説こうとしてたじゃない? ハハハ、あの時さ」
智の心の中にジャイサルメールにいた時の苦い思い出が、まざまざと甦ってくる。
「馬鹿だよな。俺とプネー行くってのにさ。それにお前、あの女がどんな女なのか全然知らないだろ? どうなったか教えてやろうか? あの後のことを。知りたいだろ?」
一希は、心路からジョイントを受け取りながら鋭い目付きで智を睨んだ。その迫力に圧倒されて、智は無言で二三度頷いた。口の端から押し殺されたような笑い声を洩らしながら、一希はジョイントを一服大きく吸い込んだ。そして濃い煙を、細く、ゆっくりと吐き出しながら話し始める。煙は、まるで紫の龍のように、うねりながら一希の全身に絡みつく。
「お前さ、俺達がプネー行くって日に、理見にブラウン吸わせたろ? あいつ、もう出発するって時にフラフラになって帰ってきやがってさ。帰ってきた途端、ベッドに倒れこんだまま眠っちまって、結局その日は出発できなかったんだよ。その後二三日はそのままダラダラと過ごすことになったんだけど……。よう、お前のおかげで理見とやれたんだぜ。あいつ、それまで絶対やらせてくれなかったからな。お前が理見にブラウン吸わせてくれたおかげで、素直に股開きやがったぜ、あのビッチ」
一希は、赤い蛇のような舌で唇を舐めた。一希のその話を聞いて、智は愕然となった。—–