「ババ、カレーに入ってるこのチキン、ババが持って来たの?」
ババは、もぐもぐと口を動かしながら、イエス、と言った。
「それってもしかして、昨日、俺がココナッツ買ったお金使って買って来たものなの?」 ババは再び、イエス、と頷いた。どうしてそんなことを聞くんだ?、というような表情で智の顔を眺めている。智は更に尋ねた。
「せっかく稼いだお金なのに、どうして全部使っちゃうのさ? チキン一羽買ったら俺が昨日払った百五十ルピーなんて、すぐに無くなっちゃうだろ?」
ババは、カレーを食べる手を休めて、全く訳が分からないという風に首を振った。
「一体お前は何が言いたいんだ? わしが稼いだ金をわしが使って、何が悪いというの
だ? 使ったら無くなるのは当たり前ではないか。それともお前は金を稼いでも使わずに一生とっておくとでも言うのか?」
「いや、そういう訳ではないんだけど……」
ババは、再び不思議そうに首を振った。
「そういう訳ではないんだけど……、全部使わなくたって少しずつ使っていけばいいじゃないか……。そんなことしてたらお金なんてすぐに無くなっちゃうよ」
「何を言っておるのだ? 金など無くなったらまた稼げば良いではないか。金など持っていても、使わなければ全く意味がないだろう?」
ババにそう言われて智は何も言えずに俯いてしまった。確かにババの言う通りなのだが、金が無くなったら誰でも不安になるだろう? その時また稼げる保証など何も無いではないか。だから人は、いざと言うときのために貯金をしておくのだ。しかしババの言う通り、一体何人の人が自分の持っている金を有効に使い切って死んでいくことだろう? そのことを考えれば、あんまりがむしゃらで無目的な貯金は、当てが外れているのかも知れない……。
智は、昨日稼いだお金を次の日に全て使い切ってしまうようなババのやり方に、目からウロコの落ちる思いがした。何故だかとても心を動かされた。自由な生き方だと思った。何ものにも捕われることなく、一日一日を流されるがままに生きていく。金が無くなったら、稼げばいい。稼げなかったら、稼いでいる人達から分けてもらえばいい。全く自然なことだと思った。そして智がずっと探し求めていたものは、実はババのような自由さなのかもしれなかった。
――― ああ、自由 ―――
智は、谷部や建や壁の落書きの言っていた「自由」という本当の意味を、ようやくちらりと垣間みたような気がした。