何も思い出すことのできない自分自身に、智は、呆れ返るようにぐったりと項垂れた。
「今日は何人かで来てたな。ババがもう一人と、あとはアナンの知り合いっぽいインド人達が数人と。結構騒がしかったんだよ、店の中は」
「そうだったんですか……。そんな騒ぎにも全く気が付かずに、俺は意識を失っていたんですね。もうその人達は帰っちゃったんですか?」
智は、店の中を見渡しながらそう言った。店の中には岳志以外の人影は見当たらなかった。良く見ると、カウンターの側の長椅子に疲れ切ったアナンが寝そべっていたが、その他は、台所の奥からプレマが料理を作っているらしい音の聞こえてくるだけだった。
「ああ。でも、また後で戻って来るって。そうそう、ババがチキンを持ってきてくれたんだよ。まだ生きてるやつを一羽丸ごとさ。プレマにこれでカレーを作ってくれって。多分あれ、昨日智がココナッツ買った金で買ったんだぜ。それで皆を引き連れて来たんだな。アナンに酒を用意しといてくれって頼んでたのも、きっと最初からここで宴会するつもりだったからだ。それでプレマは、今、鳥をシメてチキンカレーを作ってるって訳だ」
智は、岳志のその話を聞いて少し意外な感じがした。どう見ても裕福そうには見えない身一つのあのババが、せっかく稼いだお金を散財して皆にごちそうするなどということをするだろうか?
「あのババがそんなことするんですかね?」
智は、手に持ったジョイントを深々と吸い込みながらそう言った。体に侵入していくチャラスの煙が、ようやく収まってきたスペースケーキの効き目を再び呼び覚ますかのように智の胃袋の底の方を刺激した。その刺激に智は少し顔をしかめた。
「どうだろう。その辺の所は本人に聞いてみないと分かんないけどね。インド人の考えることは今だに俺には良く分かんないからさ。ハハハ、多分、ずっと分かんないんだろうけどね」
岳志は、そう言って笑いながら智の手からジョイントを受け取った。
「あっそうだ、智、チラム持ってきた?」
「チラムですか? ええ……、確か、持ってきたと思いますけど……」
智は、自分のバッグの中を改めた。細長い巾着のような布製のケースに包まれたそれは、すぐに見つかった。智は、チラムをケースから取り出すと岳志に手渡した。
「おお、これか、智が言ってたチラムは……」
それをを手に取ると岳志はじっくりと眺め回した。たまに表面を撫でたり、穴を覗き込んで光に翳したりしている。そしてしばらく考え込むようにじっと佇んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「いいもの貰ったね、智。これは相当いいものだよ。こんなにきれいなチラムにはなかなかお目にかかれない。イタリアンチラムの中でも、かなり質のいいものだと思うよ」
岳志は、慎重にチラムを智の手に返した。
「そうなんですか。俺も、きれいだなとは思ってたんですけど、そんなに価値のあるものだとは……。デリーで出会ったある日本人に貰ったんですよ。その人も確か旅仲間のフランス人から貰ったって言ってました。そのチラムは、そうやって何人もの手から手へと渡ってきたものらしいんです」
岳志は、フムフム、と頷きながら智の話を聞いた。