岳志が俯きながらそう言うのに、智は何も声をかけることができなかった。何て言えば良いのか分からなかったのだ。ただ、何故この話を岳志が今したのかが、何となく分かったような気はした。
「だから、俺は何とかして罪滅しがしたいんだよ。俺を助けてくれたことによって人生を台無しにしてしまったアナンに対して。一生をかけてでも償いたいと思う。下らない俺の虚栄心や行動が、アナンとプレマの人生を台無しにしてしまったんだ。俺は、償い切れない程の罪を背負っている。何とかして責任を取らなきゃいけない。だから、このマニカラン・コーヒーショップを何とかして大きくして、アナン達に報いてやりたいんだよ」
岳志は、真剣な眼差しで智を見つめた。智は、その視線から目を逸らすように下を向いた。
――― 岳志がまるでマニカラン・コーヒーショップの営業活動をしているかのようなあの行動の裏には、そんな思いが秘められていたのだ。そんなこととは露知らず、自分は、まるでがめつくずる賢いインド人のように岳志のことを想像してしまって…… ―――
智は、自分の卑屈な精神を呪った。
「そうだったんですか。そんなことがあったなんて……。でも、岳志さん、そんなに思い詰めることはないと思いますよ。全部岳志さんの責任だという訳じゃあ……」
「ありがとう、智。でも、このことに関しては俺も随分考えたんだ。悪いのはやっぱり俺だ。それにアナンには命まで救ってもらってる。あの時もし、アナンがそこいらの売人と一緒のような奴であのまま俺は置き去りにされていたとしたら、今頃、生きてはいなかっただろう。あれがアナンだったからこそ、今の俺がここにいるんだ……。アナンに対する罪悪感など、もちろん口では言い表わせない程胸の中に詰まってはいるが、それよりもむしろ、俺はアナンの友情に感謝しているんだ。アナンが俺にしてくれたことに。命を救ってくれたことはもちろんだし、だめだ、と言いつつも、俺の為にヘロインを持って来てくれたことにすら、俺は感謝している。俺の願いに首を振ったことはないんだよ、アナンは。まるで、優しかったお婆ちゃんのようだった。俺が子供の頃生きてたお婆ちゃんがちょうどそんな人で、わがまま放題の俺の言うことを何でも聞いてくれたんだ。どんなに無茶を言っても聞いてくれた。石がごろごろしてる土の上でお婆ちゃんを四つん這いにして、馬乗りになって歩かせたり、わざとそんな風に嫌がらせをしたりなんかもした。何でも言うこと聞いてくれるから。でも、お婆ちゃんはそんな俺の為にどんな無茶なことだって嫌な顔一つせずに、全部応えてくれた。今思えば、俺は試してたのかな、お婆ちゃんの気持ちを。いつになったら首を振るだろうって。俺を見捨てるだろうって。でも、お婆ちゃんは決して首を振ることはしなかった。絶対に俺を見捨てなかった。だから、そんなお婆ちゃんが死んだとき、俺はとても後悔したんだよ。愚かな自分の行動に。もっと大事にしておけば良かったって。何であんなにひどいことばかりしたんだろうって。もうずっと忘れていたそんな記憶が、アナンと会ったとき無意識の内に甦ってきてたのかな。俺は、まるで昔お婆ちゃんにそうしていたように、アナンにも同じような態度で接していたのかも知れない。アナンが何でも言うことを聞いてくれるから、調子に乗っちゃってさ。だから後々アナンが刑務所に入ることになって、俺は、もう一度同じように後悔することになったんだ。まるでお婆ちゃんが死んだ時のように……。でも、お婆ちゃんは死んじゃったけど、アナンはまだ生きてるだろ? だから、何とかして償いたいんだ。あの時の過ちを。もうお婆ちゃんの時のような思いをするのはご免なんだよ。だから俺は、俺のことを思ってくれたアナンに対して、できる限りのことをしてやりたいんだ。死んでしまったお婆ちゃんの分も含めてさ」