ハメられた

岳志は、もう一服深く煙を吸い込んだ。そして目を閉じると、しばらくその煙を肺に留めた。智は、息を呑んで話の続きを待っている。

「病院の先生によると、俺は、大変危険な状態だったのだが、病院に運び込まれたのが早かったので奇跡的に一命を取り留めることができたらしい。後一歩遅かったらどうなっていたか分からないということだった。話によると、俺に注射を打ったパキスタン人は、俺が倒れた途端さっさと行方をくらましてしまったようで、アナンが、一人で俺を病院まで担ぎ込んでくれたんだ。当然アナンは警察で取り調べを受けることになったんだが、前科もなく、所持していた麻薬もチャラスぐらいだったので、すぐに帰ることができたらしい。この辺ではチャラスなんて持ってても別に何の罪にもならないからな。アナンは、ついでに俺の持ってたアシッドやエクスタシーなんかも全部処分してくれていたみたいで、おかげで入院している間に俺が持ち物を検査されても罪に問われることはなかった。ただ、ヘロインを注射したということは事実なんで、ポリス達には百ドルぐらいずつ払ったけどさ。でもそれだけ渡したら、奴ら大喜びで解放してくれたけどね。それで一応何ごともなく終わったんだけど、アナンの仲間内での評判が物凄く悪くなってしまったんだ。普通、ディーラーがドラッグで昏倒した奴なんて助けちゃいけないんだよ。だって、すぐに足が付いちゃうだろ? そこから芋づる式に皆捕まることになってしまう。それは絶対に侵してはならない不文律なんだ。だからそれを侵してしまったアナンは、必然的に仲間内から狙われるようになった。だけど実際、その時のアナンは、警察にマークされていた訳ではなかったんだ。ちゃんと自分の店を持ってるし、結婚もしてるし、アナンは、典型的なドラッグディーラーという訳ではなかった。ただ、店だけではやっていけないので、補助的な収入源としてチャラスを売ったりしている程度のことだったんだ。だから警察もその事件によってアナンやその仲間達を疑うということはしなかったのだが、何せドラッグで生計を立てているような奴らは、そういうことに対しては常にナーバスになっているものだから、そのことでアナンに報復のような行動を取り始めるようになったんだ。例えば、店に大勢で押し掛けて嫌がらせをしたり、店の物を壊したり。最初の内はそれぐらいのことで済んでたんだけど、だんだんとエスカレートしていって、挙げ句の果てにアナンは警察に捕まることになってしまったんだよ」

岳志は、吸い終わったジョイントを灰皿で揉み消した。

「えっ、じゃあ、アナンは……」

そう言ったまま智は、ポカンと岳志の顔を見つめた。

「そう。恐らく、そいつらにハメられたんだ」

智は、岳志がそう言うのを聞いたとき、何となく、アナンのあの、暗い眼差しの理由が分かったような気がした。アナンの、様々な思いが複雑に絡み合った胸の内を垣間みたような気がした。

「はっきりしたことを聞いた訳ではないんだけど、多分、捕まったその事件というのはでっち上げだったと思うんだ。アナンは、ヘロインの不法所持で逮捕されたんだよ。あんな風に俺にヘロインは止めておけと言っていたアナンが、そんなもの扱う筈がない。あいつは、ヘロインやコカインはもちろんのこと、アシッドやエクスタシーですら売るのを嫌がってたぐらいなんだ。アナンが売っていたのは、もっぱら、ナチュラルなキノコやチャラスだけだったんだよ。だからヘロインの不法所持なんてのはどう考えてもおかしいんだ。恐らくそいつらと、あと、そいつらとグルになった警官がアナンをはめたんだな。腐ったポリスにいくらかバクシーシを払ってさ。とにかくその罪で、アナンは三年も刑務所に入ることになったんだ。アナンがそうなった後、何回かプレマに会いに行ったんだけどプレマも事件の真相は話そうとはしないし、アナンももう、今となってはそのことには触れたがらない。だから細かい経緯は俺の推測に過ぎないんだけど、どれもこれも全部、元を正せば俺がヘロインなんかを欲しがったのが原因なんだ。俺の軽率な行動のせいなんだよ、全部」

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