「えっとですねえ……。ちょっと難しい単語が多く使われているので細かい内容までは分かりかねますが、大雑把に言うと、どうやら遺跡の中に祀られている”シヴァリンガ”はイコンつまり、偶像であるかないかということが語り合わされているようです」
その話を聞いて智は、一瞬自分の耳を疑った。真ん中で話している人達はどこにでもいるようなごく普通の男達であり、それを取り囲んでいる人達もまた普通の、一般的なインド人達である。決して学者やそれに近い知識階級の人達ではない。そんな彼らが、難しそうな顔をして腕組みをしながら熱心にその話を聞いている。そして時折隣にいる人達なぞに、俺はこう思うがお前はどうだ、だとか話しかけ、あちこちで論議が発展していく。”シヴァリンガ”とは、インド中、どこにでも見かける抽象的なひとつの像である。先の丸くなった黒い円筒形のものが、土台である筋の入った楕円から伸びており、その黒い円筒には、シバ神の象徴である三本の白線が地面と水平に入れられている。要するにそれらは、結合した男性器と女性器を指しており、充溢した生命力の象徴として崇められているものなのだ。その像がイコンであるかないかという論議が、白昼炎天下、ごく普通の人達によって盛んに繰り広げられている。智は、その時、やはりインドという国は哲学的でスピリチュアルな国なのだ、と確信しない訳にはいかなかった。インド以外のどの国の人間が、真っ昼間の往来で偶像の定義を論じ合っているだろう。岳志の顔をじっと見つめ続けているババのその表情は、智にそんな思い出を思い起こさせた。
ババは、手に持っていた袋の中からおもむろに何か木片のようなものを取り出して、コトン、とそれをテーブルの上に置いた。取り出されたそのものは、良く見るとチャラスやガンジャを混ぜるときに使うココナッツの器だった。それは、ココナッツの皮を半円形の皿のように削り出して限界まで磨きあげられたもので、良くできたものになるとまるで漆塗りのお椀のような光沢を放つまでになる。よくゴアのフリーマーケットなどで販売されており、高いものだと五十ドルぐらいの値が付くこともある。それを造る技術は、言わば職人技なのだ。ゴアに行っていたようなツーリスト達は大抵皆それを持っていて、いいココナッツを持っているということはひとつのステイタスでもあった。岳志もその例に洩れず、深い褐色の光沢を放つきれいなココナッツを持っており、ジョイントを巻くときはいつもそれを使っていた。智は、自分用のココナッツをまだ持っていなかったため、岳志のその様子を見る度、内心、とても羨ましく思っていた。いつか自分もあんな風にココナッツを使いながらジョイントを巻けたらなあ、と心の中で秘かに憧れ続けていたのだ。だから、ババがテーブルにココナッツを置いた途端、智はハッと目を見張ったのだった。
「あっ、ココナッツ! ババジ、これ、どうするの? ひょっとして売り物?」
かなり興奮気味に智がそう言うと、ババは、目を閉じてゆっくりと首をかたむけた。そして更に、袋の中からもう二つそれと同じようなものを取り出した。取り出されたそれら三つのココナッツは、色も形も大きさも微妙に異なっており、どれもなかなかきれいに仕上げられていた。智は、一つ一つを手に取って眺めながら、じっくりとその出来映えを確かめた。
「ババジ、これ、一個幾らなの?」
智がそう尋ねると、ババは両手の指をパッと広げた。
「えっ、十ルピーでいいの?」
「ノー!、ワン・ハンドレッド!」