サンダル履き

アナンを先頭に三人が歩いて行く道のりは、だんだんと険しいものになっていった。来た道から戻るのでなくわざわざ違う道から帰るのは、ぐるりと山を一周回るようにして帰った方が早いから、というのがアナンの言い分だった。智達はキノコを探していたため、ここまで来た道のりは、かなりあちこちに迂回していたのだ。だから違う道から帰るというのはもっともな理由なのだろうが、智達が今歩いているこの道は、ちゃんとしたトレッキングシューズを履いている他の二人にとっては何でもないかも知れないが、サンダル履きの智にとっては大変酷なものだった。道ゆく先には、ごつごつした岩や尖った木の枝があちこちから飛び出しており、とてもサンダルで歩けるような所でないのは明らかだ。二人は、智のそんな状況など露知らず、智を置いてさっさと先に行ってしまう。怪我をしないように、智は、慎重に足下だけを集中して眺め続けた。すると不思議なことに、智には、次に歩を進めるべき、ここだ、というポイントが良く分かるのだった。そのスポットだけが、ぼんやりと輝くようにその場所を主張していたのだ。智の目にはそう映っていた。そして実際そこに歩を進めれば、足を傷つけることもなく安全に歩くことができるのだ。それはまるで、この森全体が、智に怪我をさせないように手助けをしてくれているようだった。智は、何だか嬉しくなって、それを信じて軽快に飛ぶように足を伸ばした。

ようやくマニカランの町に辿り着いて裸足の足を確認すると、実際、智の足には傷一つついていなかった。あんなに険しい道のりを岩や倒木を避けながら何十分もの間歩き続けたのに、それは奇跡に近いことのようだった。智は、興奮して思わずそのことを二人に報告しようと思ったが、慌てて口をつぐんだ。このことは森と智の二人だけの秘密にしておきたかったのだ。もし人に伝えてしまったら、その小さな奇跡がスッと消えてしまいそうな気がしたからだ。

マニカラン・コーヒーショップに着いた時、太陽はもう西の方に傾きつつあった。坂道を歩く三人の影が細く長く道に向かって伸びていた。店の中ではプレマがランプに火を灯している。薄明かりがぼんやりと暗闇を照らす。岳志は、椅子に腰かけると早速ジョイントを巻き始めた。アナンが人数分チャイを運んで来る。智は、礼を言ってそれを一つ受け取った。アナンが、智と岳志に気を遣って、腹が減っていないかと尋ねたが、二人とも静かに首を振った。まだマッシュルームが効いていて、食欲などは湧いてこない状態だったのだ。

アナンは、少し残念そうに首をすくめるとプレマの運んできたサモサを一口かじった。プレマは、お腹が空いたら食べてちょうだい、と残りのサモサをテーブルに置いた。岳志は、巻き上がったジョイントに火をつけながらプレマに、サンキュー、と言った。アナンは、岳志のその様子をサモサをかじりながらじっと眺めている。

アナンは、ふとした時に人の顔をじっと眺める癖がある。何か物思いに耽ってでもいるのか、その目は、対象に向けられつつもどこか遠くを眺めているかのようだ。瞳は暗く深く、その深淵には、何人たりとも寄せつけないような限りない孤独が潜んでいるようだった。

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