ゴツゴツとした岩肌が、自らを覆う氷の岩石を砕かんばかりに雪を侵食し続けている。その光に吸い寄せられるように智はいつまでもそれを眺め続けた。しばらくすると周りの景色は全て消え去り、世界は、智とその雪山の二つだけとなっていた。まるですぐ目の前に山がそびえ立っているようであり、氷河に走る亀裂の一本一本を、智は、はっきりと目視することができた。更には、そこに積もっている雪の一粒一粒までもが、冷たい輝きを放ちながら結晶となって智の眼前に迫ってくるようだった。
智が、放心してその様子を眺め続けていると、アナンがポンポンッと智の肩を叩いた。智が振り向くと、アナンは、すっと、火のついたジョイントを差し出した。
「どうしたの? サトシ? ほら、ジョイントだよ」
アナンが、智を見つめながらそう言った。智はようやく我に返った。気のせいか周りの空間が歪んで見える。口の中がネバネバして落ち着かず、奥歯の辺りに力が入る。どうもおかしい気がする。
「岳志さん、俺、キノコ、キマッてるかも知れません」
先程から自分の様子がどこか普通でないのを智は訝しんでいた。何か一つの刺激に遭遇すると、そのことばかりに集中してしまって他のことが全く目に入らなくなってしまう。それにアナンの顔がゆらゆらと揺れているようで、はっきり見えない。これは恐らく何かが自分の体に作用しているせいだろう、智はそう推測した。
岳志は智の方に顔を向けた。やはり岳志のその顔は、どこか普通でないように見えた。
「あ、やっぱり? 俺もそうじゃないかなって思ってたとこなんだよ。確かにキノコキマッてるわ。ハハハ。一個しか食べてないのにな。アナン、さっきのキノコ凄くいいよ。いい具合にキマッてる」
岳志は上機嫌でアナンにそう言った。するとアナンは、それを否定するように岳志に言い返した。
「こんなのキマッてるうちに入らないよ、ちゃんと食べればもっとエクセレントな世界へ行けるのに……。こんなもんじゃあないんだよ。今日見つからないのが本当に残念だ……」 アナンは、再び肩を落して落胆した。
「だから、いいってば、アナン。そんなにキマッちゃってたら、こんな所とても歩いてられないだろ? これぐらいがちょうどいいんだよ。な、サトシ」
「はあ。俺は、これでも十分過ぎるぐらいだと思いますけど……」
智は、渡されたジョイントを一口吸った。
鳥のさえずる声が心地良く響く。それは本当に心地良く、耳から体全体に直接染み渡って行くような、自然な音階だった。