右手の親指を突き立ててアナンがそう言った。智は微笑んでそれに応えた。
「サトシ。これ吸っちゃったらさ、キノコ採りにいかない?」
もう殆ど終わりかけのジョイントを智に手渡しながら、唐突に岳志がそう言った。突然の岳志のその言葉に、智はちょっと面喰らった。
「へ? キノコ? キノコなんか採ってどうするんですか? 晩ごはんのおかずにでもするんですか?」
「ハハハ、何言ってんだよ。キノコって言っても、マジック・マッシュルームのことだよ」「えっ? ああ、マジック・マッシュルームのことですか。そんなのが生えてるんですか? この近くには?」
「アナンが言うには、ここからちょっと行った山の中に生えてるんだって。アナンは、トレッキングのガイドもやってるからこの辺りの地理には詳しいんだよ」
そう言って岳志は、向かい側の壁に貼られた手書きの大きなトレッキングルートマップを指差した。
「成る程ね。でも、キノコの種類なんてどうやって判別するんですか?」
「アナンができるよ。俺には分かんないけど」
岳志は、そう言うとアナンにマッシュルームのことについて尋ねた。アナンは、イエース、イエース、と大きく頷きながら智の目の前に手をついて話し始めた。
「山にはマッシュルームがいっぱい生えてて、食べられるものから、食べられないもの、トリップするものに至るまで、ボクには大体見分けがつくんだ。今の時期はまだちょっと早すぎるから分からないけど、マジック・マッシュルームなら多分生えてると思うんだ」 アナンは、にっこりと智に微笑みかけた。
「だろ? アナンは詳しいから大丈夫だよ。だからちょっと行ってみない? 散歩がてらにさ。今日はこんなに天気もいいことだし」
岳志もニコニコしながらそう言った。実際今日は雲が見えない程いい天気で、真っ青な空をバックに、日差しが窓ガラスを眩しく乱反射させている。
「どう? きっと気持ちいいよ」
岳志がそう言うと、アナンが、思いついたように棚の上に並べられたスパイス保存用のパックの中から何かを取り出し、それを手の平に乗せて智達に示した。手の平の上に乗せられたそのものは、灰褐色のカリカリに乾燥した小さなキノコのようだった。それが二三個あった。
「アナン、これ何? マッシュルーム?」
興味深そうに岳志がアナンにそう尋ねた。
「そう。これが今から探しに行くマッシュルームだよ。これは去年採ったものだけど、残念ながらもうこれだけしか残ってないんだ」
「へえ、食べられるの?」
「オフ・コース、ノー・プロブレム。でも、これだけしかないから食べたって効かないだろうけどね」
岳志は、その内の一つを手に取ると、アナンに食べてもいいか、と尋ねた。アナンは、もちろんいいよという風に首をかたむけた。岳志は、サンキューと言ってそれを口に放り込み、その味を確かめるようにしばらく噛みほぐした後、智に言った。
「智も貰ったら?」
岳志が智にそう言うと、アナンは、どうぞ、という具合に智に手を差し向けた。
「いや、俺、キノコやったことないから……」
少し躊躇しながら智はそう言った。