翌朝、岳志が智の部屋の扉をノックした。智は、昨晩のチャラスのおかげでぐっすりと眠りこけており全くその音に気が付かなかったのだが、岳志がしつこく何度も扉を鳴らし続けるので、ようやくそれに気が付いて目を覚ました。岳志は、起きたばかりの智の寝呆けた表情を見て笑いながら、昨日は突然いなくなっちまったからびっくりして慌てて俺も帰ってきたんだぜ、と智に言ったが、智は、ぼんやりとした様子で、はあ、すみません、と、何を話しても全く無駄な様子だったので、先にアナンの所へ行っておくからクリーム買うお金持って後でおいで、と言い置いてその場を立ち去った。智は、はあ……、と曖昧な返事をして岳志のその様子を見送ると、再びベッドに潜って眠ってしまった。そして次に目を覚ました時にはもう、太陽が明るく部屋の中を照らす昼過ぎだった。智は、昨日と同様に、いけない、またやってしまった、と呟きながら慌ててマニカラン・コーヒーショップへと向かった。
店の中ではアナンとプレマと岳志の三人がのんびりと談笑していた。岳志は、話をしながらジョイントを巻いている。智が店の中に入っていくと、岳志がそれに気が付いて、よう、と声をかけた。
「やっぱりまた寝てたんだ?」
岳志は、まるで智が遅れて来るのを予想していたかのようにそう言った。智は、ばつが悪そうにポリポリと頭を掻きながら、ええ、すみません、と岳志に謝った。
「いいよ、そんなこと。それよりこっち来て座んなよ」
そう言われて智は岳志の横に腰掛けた。
「ハロー、ウェル……」
アナンは、智の名前を思い出せないらしく、何とか思い出そうと必死に首を捻っている。
「サトシ」
智は、それを見兼ねて自ら自分の名前を名乗った。
「オー、サトシ、ハロー、ナイストゥーミーチュー」
アナンは、まるで智と初めて出会った時のように、智の手を握りながらそう言った。
「智、お金持ってきた? ほら、これが智の分だよ」
岳志は、そう言うと昨日のクリームと全く同じものを智の前にポンッと放った。智は、それを拾い上げ、感触を確かめるようにじっくりとこね回した。
「えっと、七百五十で良かったんでしたっけ?」
岳志は無言で頷いた。智は、腰に巻いた貴重品袋の中からデリーで両替えしたばかりの千ルピー札を一枚取り出した。それを取り出すとき貴重品袋が泥で汚れているのが目について、ふいにせせら笑うヤスの顔が浮かんできたが、智は、それを振り払うように強く首を振った。
「じゃあ、これで。お釣りあります?」
智からそれを受け取った岳志がアナンにそのお札を手渡すと、アナンは、OH、とその千ルピー札に少し驚いた表情を見せた。そしてポケットの中からくしゃくしゃの百ルピー札を二枚と五十ルピー札一枚とを取り出した。智は、サンキュー、と言って皺を伸ばしながらそれらを受け取った。