ジャイプル

岳志が指を差したその先では、控えめそうな若い二人がはにかみながらこちらの様子を窺っていた。彼らは、どうもあまり英語が話せない様子で、こちらの方には近寄ってこようとしない。代わりにアナンが岳志と彼らの間を行ったり来たりしていた。

「ほら、まず試してみなよ」

そう言いながら岳志は、チラムを取り出して智に手渡したのだが、智がいざそれを手に取ってみると、何と、そのチラムはクリスタルでできていた。智は、ゴアにいた時にクリスタル製のチラムというものがあるということは噂では聞いていたが、実際それを見るのは初めてのことだった。今まで旅で出会って来た人でそんなものを持っている人など誰もいなかったのだ。

「岳志さん、これ、凄いじゃないですか! 一体どこで手に入れたんですか?」

智が、チラムを岳志の鼻の先に突き付けながらそう言った。

「ああ、それね。それは今回ジャイプル行って手に入れたんだよ。高かったけどね。まあチラムはいいの持っておいた方がいいだろ? 常に持ち歩いてるし、言ってみればサムライの刀みたいなもんだからさ、ステイタスだよ。ハハハ」

岳志の話を聞きながらクリスタルの感触を確かめるように、智はチラムを撫で回した。

「そっかあ、ジャイプルか……。俺も行ったのになあ……」

智が繁々とチラムを眺め回していると、岳志が、ホラホラ、もうチラムはいいから早くボンしちまいなって、と智を急かすようにマッチに火をつけた。慌てて智はチラムを構えると、岳志がそこに点火する。智は大きく息を吸い込んだ。すると煙がチラムの中をすらすらと通って行く様子が、チラムの透明なクリスタル越しに透けて見えた。智は、それに驚いて思わずチラムから口を離してしまった。火が消え、岳志が、何やってんだよ、と智を責めるようにそう言うと、智は、だって煙が入ってくるのが見えたから驚いちゃって……、と、岳志に言い訳をした。そしてもう一度火をつけてもらい、今度は途中で口を離さないようにしながら再び勢い良く煙を吸い込んだ。大量の煙が智の肺を巡っていく。すると体全体が痺れるように重くなり、智は、まるで体が地面に吸い込まれていくのではないかというような感覚に捕らわれた。しばらくそのまま悶え続けた後、やっとのことで智は岳志にチラムを返した。

「どう? 凄いだろ?」 

チラムを受け取りながら岳志は言った。空ろな眼差しで、智は、ええ、凄いです……、と言うのがやっとの状態だった。それから先は何があったのかあまり覚えておらず、ただ、急に便意を催したので外の暗闇の中でこっそりと用を済ませ、そのまま揺れる視界の中をふらふらと一人で自分の部屋へ帰ったことだけは覚えていた。その時あんまり視界が揺れるものだから、よく例えなんかで天と地がひっくり返っただとかそういう表現を使うことがあるけれど、あれは本当に世界全体が揺れて逆さまになってしまっているからそう言うんだな、ということをはっきりとしない頭で考えていた。何故か次の日になってもそのことだけは、まるでその部分だけ切り取られパッケージされた記憶のように智の頭の中にしっかりと残されていた。

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