月明かりに助けられ、智はようやくマニカラン・コーヒーショップに辿り着いた。暗闇の中で、その建物だけは明るく光を灯していた。店の中にある人の気配に、何故だか智は安堵する。中に入ってみると、店の中はたくさんのインド人で溢れ返っていて、それはまるでパーティでも開かれているような光景だった。その中に、何とか岳志の姿を見つけると、智は、手を振りながら岳志の名を呼んだ。
「タケシさん!」
岳志は、声の主を探すようにキョロキョロと周りを見回していたが、ようやく戸口の所に智の姿を認めると、おお、智、入って来いよ、と随分機嫌良さそうに智を手招きした。どうやら完全にキマッているようだ。人混みのあちこちからまるで汽車が煙を吐くようにシュポシュポと白煙が立ち昇っている。智は、人混みを掻き分けながら岳志の方に近寄った。
「よう、智、遅かったじゃん」
岳志は、智の肩をポンポン叩きながらそう言った。
「すいません、ついウトウトしてしまって……」
申し訳なさそうに智はそう言った。
「まあ、いいよ。それより、かなりいいクリームが手に入ったんだよ。ほら、これ見てみて」
そう言って岳志は、丸くて平べったい黒い固まりを、ポンッとテーブルの上に投げ出した。智は、それを手に取ると、その感触の柔らかさに驚かずにはいられなかった。以前、ジャイサルメールで理見に見せてもらった物と同じぐらいかそれ以上の物だった。ビニールラップを少し剥がして鼻に近づけると、それだけで鼻腔を刺激する強烈な匂いが漂ってくる。
「うわっ、これ凄いですね。チャラスだっていうのにこんな匂いがするなんて……。まるで以前嗅いだことのあるオランダ製のスカンクみたいだ。天然物でもこんな匂いがするものなんですね」
智がそう言うと、岳志は得意そうに微笑んだ。
「なんたってこれは、採れたてのマナリー産のガンジャをいち早くチャラスにして保存しておいた”ファーストクリーム”なんだもの。ちょっと時間は経ってるけど、チャラスはもともとガンジャを保存するために作るものなんだし、保存の仕方もこの辺りのプロ中のプロがやってたものだから、折り紙付きだよ。そこらの物なんて比べ物にならないよ」
岳志は、再びチャラスを手に取ると、その香りにうっとりとして目を閉じた。
「ワン・トラ、千だってさ。ちょっと高めだけど、この質だったら全く問題ないでしょ。俺、この近くにあるマラナって言う村で採れる、有名なマラナ・クリームもやったことあるけど、ものとしては全然引けは取らないよ。むしろこっちの方がいいぐらい。こんなの日本に持って帰ったら、一体幾らになるか分かんないぜ?」
岳志のその口ぶりで、余計にそのチャラスが物凄いもののように智には思えてきた。
「はあ……。凄そうですね、それは……。欲しいのはやまやまなんですけれど……。俺の分もあるんですかね?」
「ああ。ちょうど後ワン・トラ残ってるってよ。それで、俺達でツー・トラ買うなら一つ七百五十にまけてくれるってさ。アナンが友達に声をかけまくって探してくれたんだって。ほら、あそこにいるだろ? あの若い夫婦がそうで、二人ともグロワーらしいよ。生産者直売だから絶対お得だぜ」