「ああ、あのちっちゃな女の子? ハハハハハ、だからそんな子供だけだって、怖がってるのはさ、ハハハ、それより智、その膝ガクガクすんの何とかなんないの?」
智は、何とかそれを止めようと必死に膝を押さえていたのだがどうしても止まりそうになかったので、座れそうな場所をいち早く探すとそこに腰を下ろした。そして、恨めしそうな表情で岳志を見つめた。岳志は、そんな智の様子には気にも留めずに、ペットボトルのミネラルウォーターを喉を鳴らしながらゴクゴクと飲み干した。そして袖口で口を拭うと、智の目の前にしゃがみ込んだ。
「どう? 歩ける?」
「ええ……、まあ……」
先程岳志に大笑いされたことを根に持って、智はちょっと不満そうにそう言ったのだが、そういった意図は岳志には全く伝わらなかったらしく、岳志は、よし、じゃあ行こうか、と勢い良く智の手を引いて立ち上がらせた。智は、岳志の突然のその行動に面喰らって立ち上がるという動作を全く行わなかったのだが、瞬発力のある、強い岳志の腕力が智を強引に立ち上がらせた。岳志の華奢な体からは想像もつかないその力強さに、智は少なからず驚かされた。きっと線は細いのだが、衣服の下に隠された肉体は、無駄の無い引き締まった筋肉で覆われているに違いない、心の中で智は秘かにそう思った。
バスが止まって坂を少し上った所に、「マニカラン・コーヒーショップ」と書かれた看板の下がっている山小屋のような小さなレストランがあった。サリーとは少し違うこの地域の民族衣装を身にまとったインド人女性が、その入り口の所で何か作業をしていた。岳志は、彼女を見つけると走り寄って声をかけた。するとその女性は、岳志を見て大げさに驚いた後、とても嬉しそうに岳志に抱きついた。
「タケー!、タケー!」と言いながら、何度も岳志の肩を叩いている。
恐らく岳志という名前が、ヒンドゥー流に訛って発音するとそうなるのだろう。アクセントが”タケー”の”ケー”の部分にあるので何となくそれが智には滑稽に感じられ、思わず吹き出してしまった。ニソニソと笑っていると、岳志が、何だよ、という風に智の方に視線を向けるので、智は、さっきのお返しだと言わんばかりに彼女の真似をして、タケー、タケー、と言って岳志をからかった。岳志は苦々しい顔つきで、うるさいよ、と智を制した。
しばらくの間、岳志と彼女との熱い抱擁が続くと、岳志はお互いにお互いを紹介した。
「智、彼女はプレマ。アナンの奥さん。プレマ、こっちは智。マナリーで出会ったジャパニーズツーリストだよ」
岳志がそう言うと、プレマは、にっこりと微笑みながら、ナイストゥーミーテュー、と言って智の手を握った。智も、ナイストゥーミーテュー、とプレマの手を握り返した。彼女の手は、いかにも働いている人のそれらしく、女性でありながらかなりごつごつとしたものだった。