「サトシサン、サトシサン」
アリの呼び掛けに智は再び我に返った。そして今、自分が、チャラスとは全く関係ないことを考え始めていたことに、改めて気が付かされた。
「ああ、ごめんごめん。これ、やっぱり凄いよ。こんなにいいチャラスは初めてだ。ひょっとしたら昨日のも、ケタミンのせいばかりじゃなくってチャラスが良すぎたからなのかもしれない……。以前、知り合いとマナリーのクリームだというのをやったことがあるんだけど、こんな風にはならなかったもんなあ……」
智がそう言うと、アリは得意気に微笑んだ。
「クリームと言っても色々種類がありますからね……。マナリー産として出回っている物でも、パキスタン産だったり、ネパール産だったり、売ってる本人もはっきりしない場合が多いようですから……。一番確実なのは、サトシサンのように直接マナリーに来ることですよ」
アリは、そう言うと右目の目蓋を閉じてウィンクをした。
「成る程なあ……。それが一番確実だよな」
智は、良く考えたら当たり前のようなことを、まるでそれがこれ以上ない崇高な真実であるかのように深々と頷いた。
「あのさ、アリ、これ少し売って欲しいんだけど、まだあるかな?」
智がそう尋ねると、アリは、天井に向かって煙を吐き出しながら、ゆっくりと首を振った。そしてとても申し訳なさそうな表情で智にこう言った。
「スミマセン、サトシサン。もうこれで最後なんですよ。さっきも言ったように今はチャラスの収穫時期から半年ぐらい経ってしまってますので、もう全然残ってないんですよ。最近、イスラエル人のツーリストがたくさん来るようになって、ごっそりと買い占めて行くんですね。収穫の時期は、ちょうどゴアがシーズンを迎え始めるのと同じぐらいの時期だから、彼らはそれに合わせて買いに来るんですよ。それを持ってゴアへ下りていけば、かなりいい商売ができるでしょう? 智さんもその辺のことは良く知っていると思いますけど。だから、本当にいいクリームは収穫すると同時に全部無くなってしまうんです。後は、もうちょっと質の落ちるクリームか、どこにでもあるようなチャラスばっかりですね……。まあ、それでもそこいらで出回ってる物なんかよりは、随分上質の物になるんですが。今吸ってるこれは、かなり上物のクリームなんですけど、こっそりワタシがため込んでいた物で、もうこれが最後なんです。だから残念ですが売ることはできないんですよ。スミマセン、サトシサン」
「いや、いいんだよ、アリ、謝らなくたって。ちょっと聞いてみただけだから。こんなの吸わせてもらっただけで有り難いと思ってるんだから」
智がそう言うのを聞いて、ホッとしたようにアリはチャイを一口啜った。するとその時、何かを思い出したかのようにアリはキラリと瞳を輝かせた。