しばらく山道を行くと、ようやく建物が見え始めてきた。質素なヒンドゥー寺院群を通過すると、ゲストハウスやレストランがあちこちに姿を現し始める。しかしそれらは、メインバザールの物とは違って、体力を吸い取ってしまうようなドギツさはまるでない。むしろ、チベットの田舎の小さな村というような印象だった。
智は、少し値段は高めだが部屋から山々を見渡せる景色の良いゲストハウスにチェックインした。この辺り一体のゲストハウスがそうなのか、見て回った所はどこも今まで泊まってきた所より値段は少し高めだが、部屋の中は清潔で、トイレもシャワーもついており、しかも、お湯が出た。汗や埃でベトベトになった体をとにかくさっぱりさせてしまおうと思い、智は温かいシャワーを浴びた。もう、何ヶ月ぶりかで浴びるお湯のシャワーだ。もっとも、今までのあんな暑さの中では、仮にお湯が出たとしても水を使っていただろうが、ここではお湯が出ないとシャワーを浴びるにはちょっと辛いだろう。タオルで体を拭きながら部屋に戻ると、やはり肌寒さを感じた。
智は、バックパックの底の方に仕舞い込んであるスウェットを引っ張りだした。汚れた服を脱ぎ捨てて、全て新しいものと取り替えてしまうと、随分とすっきりした気分になった。おまけにベッドには少し厚手の掛け布団がかけてあり、すかさず智はそれに潜り込んだ。そして新しいシーツの感触と布団の程良い冷たさを肌に感じながら、そのままウトウトと眠ってしまった……。
智は、その後数日をヴァシストで過ごした。温泉は少々ぬるかったが、久しぶりにゆっくりと浸かる湯舟は格別のものだった。智は、何もせずに部屋の窓から見える山々をぼんやりと眺めながら毎日を過ごした。マナリーの地は、とても静かで空気も冷たく、静養するのにはもってこいの土地柄だった。そしてやはり聖地らしい厳粛さをたたえており、常に空気が張りつめたような緊張感が心地良かった。
智は、相変わらずヘロインのもたらす陶酔に溺れていた。背の高い針葉樹林を膝元にたたえ遥か彼方にそびえ立つ氷の山々を一日中眺めながら、ひたすら粉を吸引し続けた。
何を考えていたのだろう? 智は、ただ漠然と、旅をした風景や、今まで出会った旅人達、それに日本のことなどを思い返していた。不思議と、懐かしさのようなものはあまり感じなかった。それらはただ、智の目の前を平面的に左から右へ通り過ぎていくだけだった。
何故だろう? 何故、懐かしさが込み上げてこないのだろう?
智は、自分の中のどこか敏感な部分が、知らない間に磨耗してしまっているのを感じた。
いつからそうなってしまったのだろう?
限りない倦怠感が智を襲った。何を見ても興味を示せない自分を感じた。退屈で退屈で、時間が途方もないぐらい溢れている。
未来に広がっているこの膨大な時間をこれから先、一体どう使えばいいのだろう? 旅の終わりは果てしなく遠い。後どれだけ旅すれば、この旅を終えることができるのだろう? —–