「どうだ? 痛ぇだろ? お前の連れにも同じことされたんだぜ」
ゲンが智を見下ろしながらそう言った。
「フン、こっちの金は慰謝料として貰っとくな。全然足りねえけど、まあ、これで勘弁してやるよ。あとはお前の住所だけど、きっちりメモしたからさ。あいつらがもし、この件で仕返しに来たりなんかしたら、すぐにお前んとこ行くからな。憶えとけよ。何回でも行ってやる。分かったか? この、うすらボケ」
ヤスが、髪を引っ張って智の顔を持ち上げながらそう言った。そして後頭部を思い切り壁に打ちつけた。智は、頭を押さえてうずくまった。
「馬鹿が。調子に乗ってんじゃねぇぞ」
吐き捨てるようにヤスがそう言った。ゲンは、智の腹部を思い切り蹴り上げた。あまりの苦しさに智は声を出して泣いた。
「へっ、こいつ泣いてやがるぜ。馬鹿野郎が。タマ潰されなかっただけでも、ありがたいと思えよ」
そう言うと二人は笑いながら去って行った。
智は、動かない体を無理やり引きずりながら、泥水の中の貴重品袋を拾い上げた。約千ドル分程あるトラベラーズチェックは、泥水でぐちゃぐちゃだ。再発行しなければ使いものにはならないだろう。
泥だらけになった貴重品袋を智は改めて見返した。これは、旅に出る前に母が智に買い与えたものだった。大事な物を取られたりしないように、ちゃんと腰につけときなさいよ、そう言って母から渡された。それが、あんな奴らに泥だらけにされてしまったのだ……。温かい母親の愛情が、最低の人間に、最も屈辱的な方法で侮辱されたように感じた。
しばらくそれを眺めていたら、智の目には再び涙が溢れてきて、それを止めるのは難しかった。誰も人のいないインドの路地裏で大声を上げて智は声が涸れるまで泣き叫んだ ―――
その後の智のデリーでの生活は、ヘロインと共にあった。心路がマナリーへ出発する時、少し分けてくれたのだ。狂ったように智はそれをやった。ヘロインが効いてさえいれば、日中の地獄のような暑さも、忌わしい思い出からも、何とか逃れることができる。昼間から部屋に籠りっ放しで、ひたすら吸い続けた。誰とも会わず、誰とも話さず、ほとんど食事も摂らないような毎日が続いた。寂しさは、もう感じなかった。智の現実は、ヘロインと、インドの二つだけだった。
数時間おきに体が痛み始める。頭痛がし始める。全身がだるくなり、冷や汗が流れ出す。たまらなくなってラインを引く。吸い込むと、途端に楽になる。あとは寝ているだけでいい。