溢れる涙

「俺、一人で行く。心路、お前との旅はここで終わりだ」
「そんな、直規君。そんなこと勝手に決めるなよ」

心路は、突然の直規の提案に、驚いてそう言い返した。 
「でも、もう決めたんだ。悪いな、シンジ」

心路は、じっと直規の目を見つめながら唇を噛み締めている。小刻みに肩が震えているのが分かる。すると次の瞬間、突然立ち上がって直規に向かって飛びかかった。

「ナオキくん、いい加減にしろよ! 勝手なんだよ、いつも、勝手なんだよ! 俺が、俺が、どれだけ今まで我慢してきたか分かってんのかよ? 直規君のために、どれだけ我慢してきたか、分かってんのかよ? なあ、ちょっとは俺のことも考えてくれよ! いいだろ? そろそろ、それぐらいしてくれたって、なあ、直規君よう、ちょっと考え直してくれよ、そろそろさあ、他人のことも考えられるようになってくれよ! なあ、頼むよ、頼むから、本当に、なあ、ナオキくんよう………」

直規の肩を強く揺さぶりながら心路はそう言った。瞳から涙が溢れている。止めどなく溢れる涙が、心路の頬を伝う。しかし直規は、心路のそんな様子には少しも動揺することなく、冷静にこう言い放った。

「ごめんな、心路。悪かったよ、今まで。本当に反省してるよ。でも俺は、もう旅はいいんだよ。最後にバンコク行って帰ることにする。心路はマナリー行くんだろ? 俺は先に帰ってるからさ、日本に帰って来たら連絡してくれよ。悪かったな、今まで。迷惑かけたな。さっきのことも。ごめんな、本当に……」

心路は、興奮した様子で直規がそう話すのを聞いていたが、直規が話し終わると、諦めたように体を離した。涙は、もう止まっていた。

「ああ、分かったよ……。好きにしろよ、もう……」

心路は、ぐったりと俯いて言葉も無い。直規は、エクスタシーとヘロインの合わさった酔いに溺れるかのように、青い天井を眺めている。首にかけているヘッドフォンからは、大音量のトランスミュージックが狂ったように洩れてくる。

沈黙が三人を包んだ。ヘッドフォンからのサウンドと、天井で回り続けるファンの風切り音だけが静かに空間を支配していた ―――   

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