しばらくすると、心路がそわそわし始めた。
「何か、匂わない?」
心路がそう言うのを聞いて智は顔を上げた。
「えっ、何?」
「何かさ、焦げたような匂いがしない?」
心路は、しきりに辺りを見回している。
「そうかな? 俺は特に何にも感じないけど」
「あっ、直規くんだよ! 直規くん! 直規くん!」
心路は、そう言いながら慌てて直規の体を揺さぶった。直規は、何だよ、と言って面倒臭そうに心路の方を振り返った。
「直規くん! 煙草! ほら、燃えてるって!」
心路の指差したその先では、煙草の火がシーツを焦がしながらマットに丸い穴を開けていた。直規は、それを見るとさすがに慌てて、枕を手に取り、叩き付けて鎮火した。更に念のためにペットボトルの水をだばだばと半分ぐらいふりかけた。直規のベッドは瞬く間に水浸しになった。三人を静寂が包む。しばらくの間、誰も、何も、喋ろうとはしなかった。
「直規くん……。前にも気をつけろって言ったじゃない……」
心路が、直規の方を見ずにボソッとそう言った。すると直規は、鋭い視線で心路を睨み返すと、飛びかかるような勢いで心路に近寄り、胸ぐらを掴んだ。
「シンジ、てめえ、俺に指図すんなって言ったろ? 忘れたのかよ? え? 忘れたって言うのかよ? なら、思い出させてやろうか? なあ? 思い出させて欲しいのか?」
心路は、直規と視線を合わさないように小声で言った。
「でも、キマッてるときは寝煙草してちゃ危ねえよ」
直規は、心路の顔を引き寄せて思いっきり睨み付けると、そのまま心路を立ち上がらせ、体を扉に押し付けた。ガン、という大きな音が部屋中に響く。そして左手で首を締め付けたまま、右手で自分のパンツのポケットを探った。銀色に輝く刀身がきらりと煌めく。ナイフだった。そしてそれを一気に心路の腹部に突き立てる。智は声を上げる間もなかった。トンッという軽い音がナイフの切先が何かを貫いたことを告げている。心路は、目を閉じ、唇を強く噛んでいた。息遣いが荒い。
「俺に指図するなって言ったろ? なあ、分かったのか? え? 分かったのかよ、お
い?」
心路は、目を閉じたまま顔を引きつらせながら、何回も頷いた。直規は、心路の体を突き飛ばすとそこを離れ、ベッドに腰かけて再び煙草に火をつけた。心路は、へなへなとその場に座り込む。扉には直規のナイフが垂直に突き立てられていた。
「チッ、気分悪ぃな。もう一発やるか。な、サトシ」
智は、言葉もなくただ呆然と頷いた。直規は、手早くラインを引くとすぐさまそれを吸い込んだ。そして智の分を智に手渡すと、心路に声をかけた。
「おい、心路、お前もやるのかよ?」