体力を使うこと

智はようやく目を覚ました。とても立ち上がれるような状態ではなかったが、何とか体を起こして、壁にもたれかかった。直規と心路の二人はピクリとも動かない。

智は、何となく煙草が吸いたくなって、どこかに煙草が無いだろうか、と、辺りを見回し始めた。するとそれはテーブルの上で簡単に発見された。直規か心路のものだろうが、断わりもせずに勝手に一本抜き取った。それはインド煙草よりも十倍ぐらい高いアメリカ製のマルボロだったのだが、今は話しかけない方がいいだろう。智はそっと火をつけた。 煙草の煙が体を巡ると、随分落ち着いた気分になった。今まで感じていた体のだるさや頭痛といったものは、知らない間に消えていた。やはり体が求め続けてきたヘロインの成分を、久しぶりに補給したからなのだろうか。体が軽くなったような気さえする。

直規達の様子をぼんやりと眺めていたら、彼らはムックリと起き上がってきた。

「よう、智。調子はどう?」

直規は、空ろな眼差しで智にそう言った。

「ああ、最初は死ぬかと思ったけど、もう、大分落ち着いてきた。あ、そうそう、煙草一本貰ったよ」

智は、手に持っている火の付いたマルボロを直規に示しながらそう言った。

「いいよ、そんなの」

直規は面倒臭そうに手を振った。

「でも、”マルボロ”だったからさ。こっちで買うと高いでしょ?」
「まあな。でもインドの煙草って、吸ってる途中に火が消えたりするだろ? 紙の質が悪いからさ、燃えにくいんだよ。いちいち何回もつけたりするのが面倒臭くってさ。そんなの吸ってると疲れるんだよ。だからちょっとぐらい高くても別にいいんだ。味もいいしさ」 直規も、テーブルの上のマルボロに手を伸ばすと、一本取り出し口にくわえた。そしてその箱を、ポイッと心路の方に放った。心路は、それを受け取ると同じように煙草に火をつけた。心路の目は、半分閉じかけている。そしてゆっくりと首を回転させながら、煙草の煙を呑みこんだ。

ヘロインの酔いは、ブラウンシュガーのものよりもっと激しかった。絶頂の状態が何分も続く。常に頭の中が激しく回転しているような感じだ。

直規は、煙草を吸いながら再びベッドに体を投げ出している。心路は、目を閉じ、俯きながらじっと片膝をついていた。三人とも何も話さない。ただ、自分の世界に没頭し続ける。言葉を話すこと自体が、かなり億劫になっていた。たったそれだけのことが、物凄く体力を使うことのように感じられる。

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