「見ないんですか?」
奈々がそう尋ねる。
「何だか、機会を失ったというか、噂を聞いてたら気が重くなって行きそびれたんだよね。見たいとは思うんだけれど……。聞く所によると、タージ・マハルは確かに素晴らしいそうなんだが、そこにいるインド人が鬱陶しくて仕方ないらしいね。もう俺は、今、インド人には疲れ切ってる所だから、そういう所にはなるべく近寄りたくないんだよ」
「そんなにひどい所なんですか?」
智は無言で頷いた。
「あくまでも聞いた話だけどね。もう四六時中ひっきりなしに、怪し気なインド人達につきまとわれるという……。考えただけでも、ゾッとするよね」
「いやぁぁ!」
わざとらしく耳を押さえながら、奈々はその場にうずくまった。
「でも、安代姉さんがいるから大丈夫でっす! 姉さんがきっと皆やっつけてくれまっ
す!」
奈々は、再び姿勢を整えると智に敬礼しながらそう言った。奈々のいきなりの行動に少しうろたえながらも智は、まあ、安代ちゃんがいれば何とかなるだろうな、と思い、それに同意して微笑んだ。
「そういえば、幸恵ちゃん達とはどこで知り合ったの?」
智は、そのことをふと思い出して、奈々にそう尋ねた。奈々は、にこにこ笑いながらそれに答える。
「えっとお、バラナシのスパイシー・バイツっていうレストランです。そのお店で一人で座ってる所を、私達、ナンパしちゃったんです。ウフフフフ」
「谷部さんは? 一緒じゃなかったの?」
冷静さを装って智はそう尋ねた。
「はい。その時は一人でした。でも、夜にまた会うと、今度は谷部さんと一緒でした。何だかすごく打ち解けた感じで、仲良さそうでしたよ」
智は嫉妬に身を焦がした。頭がフラフラした。
「私、幸恵ちゃんのこと凄く好きなんです。幸恵ちゃんって、かわいいですよね。女の子っぽくって。一緒に何枚も写真撮っちゃいました」
奈々はウキウキしながらそう言った、と、その時、電流のようにあることが思い出された。智の部屋でのことだ。まさか幸恵は、奈々達にあのことを言っているのではあるまいか。
「あのさ、奈々ちゃん、ひょっとして、幸恵ちゃんから何か聞いてない?」
智は、探るように奈々にそう尋ねた。奈々は、しばらくの間何かを考えるような素振りを見せていたが、急に思い出したように手を打った。奈々のその様子を見て、智は心臓が凍る思いをした。