「智さん?」
下を向いて顔を引きつらせている智に向かって安代が声をかけた。智は、怒りに燃えながら顔を上げた。そして精一杯穏やかに、ああ、たまにね、と言った。
「そうですか……。やっぱり長期で旅してる人は、みんなやってるものなんですね」
安代が言った。
「どうして? 何かあったの?」
「いえ、特に何かあった訳ではないんですけど、あの人達が、やったことないんなら絶対やった方がいいって言うから……。それで今晩、一緒にマリファナをやるということになったんですよ」
「えっ!」
智は愕然とした。
「今晩って、もうすぐ来るってことなの?」
「ええ。多分、もう来る頃だと思います。だから智さんがもしドラッグとかやる人なら、一緒にどうかなと思って」
冗談じゃない! 智は、自分がここにいることを激しく後悔した。もう今さら用事ができたから帰る、というのもあまりにも不自然だし、そんなことが奴らの耳に入ろうものなら、あいつ、やっぱりビビって逃げてたんだ、と思われるに決まっている。奴らにそんな風に思われるのだけは、どうしても我慢できなかった。
「ああ、成る程ね……。それならちょうどいいかもね……」
何がちょうどいいんだか全く意味が分からなかったが、混乱した頭で智はそう答えた。
「良かった! 智さんがいてくれればね、安心だね!」
智の何をそんなに信頼しているのか、奈々が安代にそう言った。安代は、奈々の肩を抱きながら、うん、うん、と笑顔で頷いた。
しばらくすると、タンクトップと角刈りがノックもせずに部屋に入ってきた。安代は、キャッ、と言って入ってきた二人を見た。奈々は、ポカンと口を開けながら呆然とその様子を見守っている。一方侵入者は、満面の笑みを浮かべて部屋に入り込んできたものの、智の姿をそこに発見すると、一気に落胆とも憤慨ともとれぬ複雑な表情に変わった。角刈りは、パーティ、パーティ、と言いながら小躍りしていたのを、智の姿を見た途端、即座に止めた。智は、引きつった作り笑いを浮かべながら、二人に挨拶をした。二人は、しばし呆然と智の顔を見つめていたが、気を取り直して、ああ、昼間の、とだけ言った。
「こちら、智さん」
安代が二人に向かって智を紹介した。
「さっき、この部屋の前で知り合って。でも、二人とも智さんのことは知ってるんだよね」 タンクトップがちょっと気取った表情でそれに答える。
「ああ、まあね。下の階でちょっと喋っただけだけどね」
角刈りはニタニタ笑っている。