智は深い絶望を感じた。谷部さんが幸恵のあの肉体を……。そう考えると、いても立ってもいられなくなり、智は狂おしく煩悶するのだった。
「智さん、智さん、一体どうしたんですか?」
放心状態の智を安代は現実の世界へと呼び戻した。
「良かったら、お部屋に入りません?」
智は、何だか良く分からないまま二人に連れられて部屋の中へと入っていった。一昨日の晩、皆でボンをしたこの部屋だ。建や、ジョージ、谷部や君子の面影がここそこに残されている。智は、亡霊のようなそれらの面影を敏感に感じ取った。しかし谷部のことを考えると、途端に気が重くなった。
「どうしたんですか? 智さん。座って下さいよ」
あ、ああ、と智が我に返ると、彼女達はすでに片方のベッドに二人並んで座っていたので、智は反対側のベッドに腰を下ろした。黒縁眼鏡の奈々は、相変わらずニコニコ笑いながらこちらを見つめている。
何だか取り調べみたいだな、心の中で智はそう思った。
「幸恵ちゃんに聞きましたよ! 智さんはとっても長く旅行されてるって。一体、どれぐらい旅行されているんですか?」
奈々が、好奇心に満ち満ちた目で身を乗り出しながら、今まで何百回とされてきたその質問を智に向かって投げかけた。もう、今日で既に二回目だ。しかし、タンクトップと角刈りの二人組のような暑苦しい男達に聞かれるのと、ちょっと騒々しくもないが若い女の子に聞かれるのとでは、こうも印象が違うのは何故だろう?
「一年ぐらいだけど……」
むしろ智は、先程まで展開していた”旅の長さで人の価値など決まらない”という自説を自ら覆して、自分のその答えに得意にすらなっていた。長く旅行しておいて良かった、とさえ思った。智がはやる気持ちを抑えながら控えめな調子でそう言うと、彼女達は顔を見合わせながら智の期待通り、きゃあ、一年だって、と大げさに驚いた。
「さっきの人達は三ヶ月って言ってたから、智さんの方が断然長いね!」
智は、奈々がそう言うのを聞いて、思わず、さっきの人達って?、と聞き返してしまった。
「ひょっとして……、色が黒くて、タンクトップ着てる坊主の人と、ちょっと背が低くてがっしりめの……」
「そうです、そうです! 智さん、知ってるんですか?」
「いや、知ってるって訳じゃないんだけどね……」
智は、二人との接点ができてしまったような気がして、とても憂鬱な気分になった。それに、彼女達の好奇心の目が決して自分だけに注がれている特別なものな訳ではない、ということに気付かされて軽い失望を覚えるのだった。
「実はお昼過ぎぐらいにあの人達とご飯食べに行って、旅のことを色々教えてもらってたんです。何でもあの人達、かなりのジャンキーらしくって、ドラッグを中々止められなくて困ってるって言ってました。智さんもそういうの、やったりするんですか?」
かなりのジャンキー。何故だか分からないが智はその言葉に反応して、あの二人に対する殺意すら覚えた。メラメラと怒りが込み上げてくる。