智は一人で部屋に戻った。部屋に戻って、バックパックの上に山のように積み上げられた洗濯物を発見し、急遽、洗濯をすることにした。溜まっていたTシャツや下着類などを手早くまとめると、日本から持ってきた、プラスチックのお茶のパックに入った洗剤を片手に一階の洗い場まで下りていく。プラスチックのお茶のパックというのは、よく地方の駅で駅弁などを買うとついてくるプラスチック製のお茶のパックで、そのサイズといい、取り外せる大きめの蓋といい、長旅用の携帯洗剤ケースにはぴったりの物だった。智は、旅に出る前にそれを旅経験の豊富な友人から聞いていて、急いで買い求めたのだ。旅に出た後、実際それはこれ以上ないぐらいに役に立ち、こんないい物どこで手に入れたんだ、と出会う旅人達にいつも羨ましがられる程だった。智は、そう言われる度に得意気にほくそ笑むのだった。
洗い場は、一階の吹き抜けの部分にあった。すぐ隣には共同トイレがある。智は、ここに来るのは初めてだったので知らなかったが、どうやらこのフロアにある部屋は殆どがドミトリーらしかった。二つぐらい大きな部屋があって、開け放たれた扉からベッドがいくつか見えている。残りは、二人部屋か三人部屋ぐらいの少し大きめの部屋が二部屋。智は、一階のその様子を眺めながら洗濯物を洗い場に放り出し、洗剤をかけると蛇口を捻って手で揉み洗いを始めた。
しばらくそうしていると、ドミトリーから二人の日本人が出てきた。一人は白いTシャツに膝までの半ズボン、小太りで背が低く、ちょっと年令不詳のような感じだが恐らく若いんであろう男と、もう一人はヒョロッとしていて長身で、伸びかけた坊主の様な髪型に、タンクトップとインドを旅する長期旅行者がよく履いている、綿製のブカッとしたタイパンツに、首から大きな数珠のようなネックレスを下げている、いかにもインドの旅人然とした男だった。全身が浅黒く、よく日に焼けているようだ。智は、何となく二人を敬遠して目を逸らしたのだが、反対に、タンクトップの方が、智の洗剤ケースに目を付けて、うわっ、これあの、お茶のやつじゃん、と大きな声で言いながら智の方へやって来た。すると白Tシャツの方も、なになに、と寄って来て洗剤ケースを手に取った。
「ああ、本当だよ、これ、お茶のケースだよ」
そう言うと白Tシャツは、体をひくつかせながら妙な笑い方をした。近くで良く見ると、変に色が白く、髪型が、漫画に出てくる寿司屋の板前の様な角刈りだった。
「これって、駅なんかでよく売ってるお茶のケースですよねえ。はあ、考えたな。これは便利だわ」
タンクトップは白Tシャツから洗剤ケースを受け取ると、洗濯している智に示しながらそう言った。智は、愛想笑いを浮かべながらそれに答えた。
「ああ、そうですよ。もう最近じゃあ、あんまり見られないから結構探して買ったんです」 タンクトップは、へぇ、と言いながらもう一度洗剤ケースをよく見返した。
「旅、長いんですか?」
眺めていたそれを流し台の上に置くと、タンクトップはそう尋ねた。
「ええ、まあ……。一年ぐらいかな……」
「へえ、一年か、長いなあ」