諦めに似た感覚

「ええっ……、マジですか……? それはちょっと辛すぎますよ。俺、いきなり独りぼっちになっちゃうじゃないですか。建さんまで今日行ってしまうなんて……」

智は落胆して下を向いた。建は、智の肩に手を回しながらこう言った。

「まあ、そう言うなよ。俺だって寂しいんだぜ。みんなそうさ。智だけじゃない。ほら、幸恵ちゃんだって泣いてただろ? あの子なんて来たばっかりだし、それでまた一人で知らない所に行くんだから、もっと心細いと思うぜ。智は男だろ? ほら、もっとしっかりしろよ。もう一年も旅してるんだしさ。みんないつまでもずっと一緒って訳にはいかないだろ」
「ええ、それはそうなんですけど、置いて行く側と置いて行かれる側とでは、やっぱり置いて行かれる側の方が辛いですよ」
「智、俺だってまた何日かしたらここに帰ってくる。そうしたら、もう智だってきっとここにはいない。俺だって独りぼっちだ。その時は辛いぜ。みんなの面影が街に残ってるからな。ああ、智とここ歩いたな、だとか、幸恵ちゃんはここに泊まってたよな、だとか、そんなことを思い出したりしてさ。でも、俺はもうそういうことはいちいち振り返らないようにしてるんだ。それは無理に忘れようとか、記憶から消し去ろうとか、そんなことじゃなくって、そういう過去があったということを認めながらも、変に感傷に浸るんでなく、そのまま受け止めるというか。あんまり上手く言えないけれど、これは出会いとか別れとかそういうのに限ったことではなくって、もっと、世界で起きている色々なこともひっくるめてだ。例えば、花が咲いて枯れていくのを見るのは悲しいだろ? でもそれは紛れもない現実であって、誰もそれを止めることなんてできない。仕方のないことなんだ。だからそれを否定したり、見ないようにしたりするんではなく、もっとありのままを見つめて、そして受け止める。そういう現実とともに生きる。それは一種の諦めに似た感覚かもしれないが、俺は、そういう風に思うことにしているんだよ」

建は、俯いている智の顔を覗き込むようにしてそう言った。智は、それでもなお俯きながら、建の方を見ずにゆっくりと頷いた。

すぐに建との別れの時は訪れた。智は、建を見送るために建の泊まっている宿の前まで来ている。しかしそこは宿というよりも、一見、普通の民家にしか見えなかった。どうやって交渉したのかは分からないが、恐らく普通の家の一部屋を間借りしているような形になるのだろう。大きなバックパックを背負った建が、宿屋の主人とおぼしき人物と何やら話をしている。しばらくすると、建は笑顔で彼に手を振った。建は、手に持ったミネラルウォーターのペットボトルを掲げながら、智の方に駆け寄った。

「俺、インド人に生まれて初めて物もらったよ」

建は嬉しそうにそう言った。

「建さんはインド人と仲悪いですもんね」
「仲悪いって訳じゃないんだけどな。合わないんだよ、きっと」
「そんな人が、ビザが切れるまで半年もインドにいるんですからね。おかしいですよ」

からかうように智はそう言った。

「まあ、そう言うなって。奴らと俺とは、きっと似た者同士なんだろうよ」

建は笑ってそう言った。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください