次の日の朝、建と智はニューデリー駅で幸恵を見送った。三人は、それぞれの住所を交換し合い、いずれ手紙を書くことを約束した。幸恵は、大きなバックパックにまるで背負われているようになりながら、群集の中へと消えていった。消え入るほんの少し前、こちらを振り向いて手を振ったがそれは人混みに掻き消され、何とか最後の別れをしようといっぱいまで伸ばした手の平が、たくさんの人達の頭上でしばらくの間揺れていた。もう、何度目の別れだろう。智は思った。幸恵には昨日出会ったばかりだが、もう何年来の友達との別れのような気分だ。その連帯感の強さは、異国で出会う日本人同士だからこそかも知れないが、そんなこととは関係なく、たった一日という短い時間は、とても濃密で、大変有意義なものであった。旅の毎日は、人と人との距離をとても身近なものにしてしまう。だからこそ、こんなにも別れが辛いのだ。智も涙こそ流さなかったが、胸に迫る熱い思いがもう一息で智をそうさせる所だった。きっと建も同じ気持ちでいるのだろう。いつまでも幸恵の去った方を眺め続けている。
「また、行ってしまいましたね」
群集の向こうを眺めながら智がそう呟いた。
「ああ」
建も、智の方には振り向かずに、真っ直ぐ幸恵の去った方を見ながらそう言った。
「やっぱり寂しいもんですね。分かってはいたことですけれど……。建さんも、明日でいなくなってしまうんですよね……」
建の方を見ながら智はそう言った。
「それがな……」
建がそう言い始めると、智は直感的に何だか嫌な予感がした。
「昨日、帰って何となくビザの日数を調べてみたら、もう、あと一ヶ月ぐらいしか残ってないんだよ。俺、友達が日本でやってる雑貨の仕入れを手伝ってて、それをやるのにどうしても一週間ぐらいは必要なんだ。ほら、前にも話したと思うけど、お金をこっちに送ってくれる友達な。その金も、その仕入れの代金と俺のこっちでの生活費の両方兼ねてるから、どうしても仕事を終わらせない訳にはいかないんだ。そうやって考えると、ハリ・ドワール行ってまたデリーに戻って来なきゃいけないから、もう時間が無いんだよ。ハリ・ドワールから、リシケシュ行ったり、その周りの小さなアシュラムなんかも回ろうと思ってるから。だから、今日の昼にはもう出ようと思うんだ。ちょっと急なことで悪いんだけど……。今まで、仕入れは帰って来てからやればいいと思ってたんで、全然やってないんだよ。まさかビザが後一ヶ月しかないなんて思ってもみなかったから……」
やはり智の悪い予感は的中し、智は、ぐったりとその場に崩れ落ちてしまいたい気分になった。