「まあ、見てる分にはそんなにしょっちゅうやってる訳じゃないから、まだ大丈夫だろうけどな。飯も喰ってたし。食欲はあるんだろ? だけど、このままエスカレートしていったら確実にひどいことになるっていうのは確かだぜ」
「そうですよね……。でも、ブラウンの感覚って、俺、驚く程好きなんです。あんな精神状態で一生いられたらいいのに、って思うこともあります」
建は、残りのジョイントをフィルターの紙の手前ギリギリの所まで吸い込むと、それを揉み消すために灰皿を探した。智は、建のその様子を見て、灰皿ならここにあります、と床に置いてあった灰皿を拾い上げて建に手渡した。建は、ああ、ありがとう、と、そこにジョイントの燃えかすを押し付けた。そして間髪入れずにシャツの胸ポケットから煙草とライターを取り出すと、一本取り出して火をつける。建は、大きく煙を吸い込むと目を閉じてゆっくりと吐き出した。
「そうだよな。一生あんな精神状態でいられたら楽なんだけどな。でも、気を付けた方がいいぞ、智。薬にハマるっていうのは、決していいものじゃないからな。まあ、こんな俺がそんなこと言う権利なんて全く無いのかも知れないけれど、少なくとも、きれいなものでないことだけは確かだ。本人はキマッてる間、とてもこの世のものとは思えない清潔な世界に行ってるかも知れないけど、目が覚めてみたら、そこは糞味噌の現実だ。これは例え話じゃなくって、本当に糞や小便やゲロにまみれた生活を送ることになる。ブラウンやり始めの頃、吐いただろ?」
智は小さく頷いた。
「そうやってだんだん部屋が汚れていくんだけど、もちろんキマッてるときに掃除しようなんて思わないからそのままにしておくだろ。そうするとシラフに戻った時、何だよ、これ、ってなって、また落ち込んだ気分になって、一発キメる。そうやってどんどん頭の中の世界と現実の世界とのギャップが広がっていって、手に負えなくなってくる。悪循環さ。それが進んでいくと、精神が、目の前の現実を処理しきれなくなって崩壊し始めるんだ。そうなると凄いぜ。幻覚をバンバン見まくって。もう、四六時中、幽霊みたいなのが周りに立ってる気がするんだ。振り向いたら、サッと現われたりしてな。笑い声なんかも聞こえるぜ。それも、子供とか女の甲高いやつ。もう訳分かんなくなるよ」
智は、建の話に肝が冷える思いがした。
「建さん、よくそんな所から戻って来られましたね」
建は笑いながら言った。
「俺の場合、ガキの頃からずっとそんな所にいたからな。むしろ逆なんだよ。普通の世界を見た時に、ああ、世界っていうのはこんなにも明るかったのか、ってさ。ハハハハハ」 智は、おかしいのか深刻なのか良く分からない、複雑な気分に陥った。
「だから、止めろとは言わないけど、気をつけろってことだよ。もちろん俺は、智にそんな風になって欲しくはないけど、そういうのは人に言われてどうこうするもんでもないからな。俺みたいにとことん痛い目を見ないと分からない奴もいる。そのまま夢の世界に溺れて死んでいく奴もいる。人それぞれだよ。俺の見た所、智は大丈夫そうだけどな。でも、本当に気をつけてくれ。俺が味わったような、あんな苦い思いを智には味わって欲しくない」
智は、自分を思う建のその気持ちが何だか嬉しかった。建という人間の持つ温かみが、直接心に伝わってくるようだった。
「建さん、ありがとうございます。この二日間で、俺、建さんから凄く色んなことを教えてもらった様な気がします。色々と勉強になりました。今はまだ自分の中できちんと整頓できていないですけど、これからゆっくり噛み締めていこうと思います。俺、建さんに出会えて本当に良かったですよ。どうも、ありがとうございました」
智は、心の底から建に礼を言った。
「何だよ、改まって。いいんだよ、そんなことは。止めろよ、もう」
建は、照れくさそうに智の肩をポンッと叩いた。